odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

その他の文学

莫言「赤い高粱」(岩波現代文庫)-1

中国との15年戦争はおもに日本人側の記録を読むことになるのであるが、そうすると被害者がどのような人であり、どのような生活を送り、どのような生涯であったのかがすっぽりと抜けてしまう。兵士や記者、あるいは一旗揚げようといった者たちは中国の生活…

莫言「赤い高粱」(岩波現代文庫)-2

2023/01/10 莫言「赤い高粱」(岩波現代文庫)-1 1987年の続き 第2部 高粱の酒 1939年8月10日の鬼子待ち伏せは凄惨な結果になる。祖父と父だけが生き残り、ほかのパルチザンは全員が死亡した。呆然とする祖父を励まし、村に帰る。 途中で思い出すのは、祖母…

ダンテ「新生」(岩波文庫) 俺が見るところ本書は詩作を志す人々への指南書。擬人化された「愛」が苦悩するダンテの魂を浄化する。「神曲」天国編の予告。

イタリア(という国も概念もなかった時代だとおもう)の大詩人ダンテが若き日に書いた。 1293年前後、詩人が28歳のころ、それまで書きためた詩31編を骨子にし、これらを分析解説する散文を加えて全42(もしくは43)章にまとめあげた詩文集。詩の内訳はソネッ…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 コペルニクスより前でもすでに地球は球であることがわかっていた。地球の中心に向かう地下に地獄がある。

13-14世紀の詩人で政治家のダンテが書いた畢生の大作。成立の背景その他はwikiを参照。 ja.wikipedia.org すでに森鴎外の紹介以来数種の翻訳がでている。岩波文庫や集英社文庫などで入手可能。でも、厳格な規律に従って書かれた700年前(1300-1320年にかけて…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-2「浄罪篇」 地球の中心を抜けて魂は天堂に向かうが、肉体や穢れた魂は重力に引っ張られるので上昇できず、高い天に行けない。

2022/07/28 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 1300年の続き ダンテ「神曲」の韻文訳は数種類でていて、古いものはネットで見つけることができる。そういうのをいくつか目を通してみたが、厳密な逐語訳では筋を負うことが難しい。ま…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-3「天堂篇」 10の天からなる天堂界はプトレマイオスの宇宙。神は他から動かされず、他を動かし、愛と望みを持つから信仰を持たなければならない。

2022/07/28 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 1300年2022/07/26 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-2「浄罪篇」 1300年の続き ヴィルジリオの案内で行く地獄と煉獄では、多くの障害があり、あるいはダンテの知り合いと問…

イタロ・カルヴィーノ「くもの巣の小道」(福武文庫) 北イタリアのパルチザン活動。戦時を日常になると、人は疲弊し人間の弱点を露わにして分断を強める。

イタロ・カルヴィーノの最初の長編小説。カルヴィーノはパルチザンに加わっていたし、WW2戦後にはイタリアで「レジスタンス小説」が多数出版されたそうだ。その時流に乗っていながら、ズレたところのある小説。 おそらく1944年夏の北イタリア(具体的な年月…

イタロ・カルヴィーノ「むずかしい愛」(岩波文庫) 大衆社会における恋愛の困難さはコミュニケーションの機会と技術の不足。

解説を読んでも発刊の経緯はよくわからない。1958年初出の似たようなテーマを集めた短編集。 ある兵士の冒険 ・・・ 汽車に乗っている兵士が豊満な若い女性に愛撫を試みる。言葉のないコミュニケーションを言っているのかもしれないが、行為は痴漢そのものな…

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-1 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。宇宙的進化論的な超歴史的、非人間的できごとを通俗的な物語に換骨奪胎。

Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。科学の記述を聞くと、わしはそこにいたと叫んで、思い出話に花を咲かせる。1965年初出。 月の距離 ・・・ 月の軌道がいまより地球に近かったころ。老人のいた岩礁から月にいくことができた(途中の無重…

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-2 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。「私」から抜けられないモノローグの文体なのに、自閉的ではない。

2022/07/19 イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-1 1966年の続き Qfwfq老人のホラ話。後半。 いくら賭ける? ・・・ 宇宙ができるまえ、何が起こるかを老人は学部長と賭けをする。どんどんエスカレートして地球の歴史のささいなことま…

イタロ・カルヴィーノ「柔らかい月」(ハヤカワ文庫、河出文庫)-1  Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。生命現象を語る自己の特権性を強調できなくなる。そうすると、語り手は自分を普遍的なお喋りシステムにするしかない。

「レ・コスミコスケ」1966年に続く1967年の短編集。第1部はQfwfq老人のホラ話。訳者が変わったので、老人のイメージから中堅サラリーマンのようになった(一人称が「わし」から「私」に変更)。でも、底を流れるのは過去が回復しないことへの諦念。同類や仲…

イタロ・カルヴィーノ「柔らかい月」(ハヤカワ文庫)-2 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。語り手は事態を鳥瞰することができなくなり、論理のわなにはまって、行動できなくなる。

2022/07/14 イタロ・カルヴィーノ「柔らかい月」(ハヤカワ文庫)-1 1967年の続き 以後はQfwfq氏の名は出てこない。でも「ティ・ゼロ」で「私Q0(0は小文字)」と表記されるので、Qfwfq氏が語り手だと推測可能。 第三部 ティ・ゼロティ・ゼロ ・・・ 突如…

イタロ・カルヴィーノ「パロマー」(岩波文庫) 27のフラグメントからわかるパロマー氏は自分をすきになれない冷笑家で、人間同士のコミュニケーションを信頼しない。

パロマー氏という中産階級のインテリを語り手にした短編集。短編というにはオチもないし視点はズレるしで奇妙な味をもっている。3部3章3節で合計27のフラグメントからなる。 中年男性、職業不詳、家族は妻と娘一人、パリとローマにアパートを所有―これがパロ…

イソップ「寓話集」(岩波文庫) ローマ時代に子弟の教科書になったので無理くりな奴隷道徳が追加されたので教訓は無視して、お伽話を楽しもう

イソップ、ギリシャ名アイソポスは紀元前6世紀ころに実在した人物らしい。奴隷で、しかし機知に富み話術に巧み。理由不明であるがデルポイ(という都市)で殺害されたという。醜男でがに股で太鼓腹で…というのは後世のつくり話らしい。そのアイソポスが語っ…

ウンベルト・エーコ「前日島」(文芸春秋社) 西欧17世紀の思想と学芸を一冊に圧縮。ラストシーンは小説の誕生か自我の誕生を示唆する。

「薔薇の名前」で14世紀中欧の異端と修道院を描き、「フーコーの振り子」でテンプル十字団以来の西欧秘密結社の歴史を描いたエーコ、今度は17世紀を描くことになった。この直前には、コペルニクス、ガリレイの天文学革命が起きていて、デカルトとパスカルら…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-3 十字軍によってビザンツ帝国からもたらされたアリストテレスに西欧中世知識人は熱中し、キリスト教教義を書き換えようとした。

2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2 2016/04/06 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3 2016/04/07 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-2 中世修道院の文書館で起きた事件の関係者は書物に関係するものだけ。犯人捜しは秘匿された文書の行方探しである。だれもが本を読みたがる。

2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2 2016/04/06 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3 2016/04/07 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 下」(東京創元社)-1 殺人事件と清貧論争は修道院内部の秩序を揺さぶり、院長の権力と権威を失墜させ、疎外されたグループによる権力闘争を引き起こす。

2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2 2016/04/06 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3 の続き。 表層の物語は探偵小説の枠組みを借りている…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-3 教会が貧困と格差と差別を放置するので、不満な平信徒は特権をなくす運動を起こし、教会はそれを「異端」として弾圧する。

2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 2016/04/05 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2 の続き。 聖職者と知識人は文化的に統合し、各地を移動する権利を得ていたが、ほとんどすべての農民は移動の自由がなく、…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-2 西洋中世ではラテン語という共通言語が聖職者と知識人を文化的に統合していた。

2016/04/04 ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 の続き。 この時代には文化的な統合が聖職者と知識人において果たされていた。その象徴がこの修道院で、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、北アフリカなど出世地と母語を異にする修道…

ウンベルト・エーコ「薔薇の名前 上」(東京創元社)-1 13-14世紀のキリスト教宗教改革運動は教権と俗権の確執を産む。

ヨーロッパ中世のことを書いているので、事前に、 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)の以下のエントリーを読んでください。 2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1 2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨー…

イタロ・カルヴィーノ「マルコヴァルドさんの四季」(岩波少年文庫) 読者の隣人であるマルコヴァルドさんの運の悪さに憐憫を感じながら、笑いのあとに背筋の寒くなる思いをする。

マルコヴァルドさんは都会に住む人夫(倉庫勤務の工員だ)。奥さんと4人の子供が狭苦しい家に住んでいる。彼が得意なのは街中に自然の息吹を見つけることだが、それに感心するひとはいない。自分や他人のために良かれと思って行ったことは、たいてい失敗する…

ソポクレス「オイディプス王」(岩波文庫) 〈この私〉は探偵であり、被害者であり、証人であり、犯人です。自己を探索すると必ずこれを発見します。

テバイの都は危機に瀕していた。疫病、飢饉、家畜の死。都市の豊饒さが失われ、民が貧困に苦しむ。このようなとき、王はすべての責任を負わねばならない。そこで、テバイの王オイディプスはデルポイの神託を聞くことにした。 プロロゴス ・・・ ここで明らか…

エイモス・チュツオーラ「ブッシュ・オブ・ゴースツ」(ちくま文庫) ナイジェリアの児童が内戦か奴隷略奪の惨禍を免れようとしているうちに、ゴースト(幽鬼)だけの社会に紛れ込む。

「町を出た少年が迷い込んだのは、ゴーストでいっぱいのジャングルだった。耐えられぬ悪臭を放つもの、奇妙なかたちをして不思議なしぐさをするもの…。ヨルバ族に先祖から伝わる物語をふまえて、ドラム・ビートに乗せて紡ぎ出される幻想の世界。ナイジェリア…

レオナルド・ダ・ヴィンチ「手記 1」(岩波文庫) 15世紀のヨーロッパは博物学と科学と芸術に区別がなかった。

「近代」というのもなかなかあいまいな言葉で、科学や哲学で見れば、ガリレオやデカルトに始まるということになっているみたい。その前には、占星術師で天文学者であるようなティコ・ブラーエ、コペルニクスという人たちもいることになる。そのような系譜の…

タン・ヨウ「人、中年に至るや」(中公文庫) 文化大革命で仕事と自由を奪われた中国インテリの不遇。面倒と困難の後始末は女性に押し付けられる。

「−−−これはインクではなく私自身の血と涙の一滴一滴で煉り上げられた作品だ−−−中国文化革命の嵐の中で苦悩し、その抑圧から立ち直ろうとする眼科医師と技師夫婦の、すべてをすてて仕事にかける中年世代としてのよろこび・悲しみを通して、中国がかかえてい…

郭沫若「抗日戦回想録」(中公文庫) 中国共産党の長征、第2次国共合作後の抗日宣伝の回想。

先のコリン・ロス「日中戦争見聞記」(講談社学術文庫)を補完する本。ロスは1939年に重慶に飛び、そこに首都を移動した国民党政府首領・蒋介石と会おうとしている。 こちらは、前年1938年の国共合作時代に武漢で抗日戦線宣伝に携わっていた著者の記録。有名…

郭沫若「歴史小品」(岩波文庫) 中国の歴史上のよく知られた人物を史実・史書にできるかぎり近づけて書いた短編集。建国前戦時中の共産主義者と知識人の迫害と重ねて鑑賞。

中国の歴史上のよく知られた人物を史実・史書にできるかぎり近づけて書いた短編集。 彼らの問題をわれわれの問題にからませて書く力、みごと。とりわけ「項羽の自殺」「孟子妻を出す」「賈長沙痛哭す」の3編が知識人のあり方をよく捕らえている。「人、中年…

ウンベルト・エーコ「フーコーの振り子 下」(文芸春秋社) 社会で暴力が吹き荒れているとき、何もしないでおしゃべりしていると粛清の対象になるぜ。

こちらでは「現在」の話を書こう。主要登場人物は、語り手である「私」=カゾボン。1943年生まれ?の大学紛争当事者。とはいえ若者の直接行動には懐疑的で、政治にも斜に構えたところのあるニヒリスト(というか優柔不断だが、知的優位に立とうとする臆病も…

ウンベルト・エーコ「フーコーの振り子 上」(文芸春秋社) 学者が本気出して陰謀論とオカルトで遊べば、そこらのトンデモを凌駕する偽史をつくれるんだぜ。

ベルボが消えた。フロッピーディスクを残して。カゾボンがピラデという店で、ベルボと知り合ったのは 学生時代。カゾボンはテンプル騎士団について研究する学生、ベルボはガラモン社という出版社で働いて いた。ガラモン社にアルデンティ大佐という怪しげな…