odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

エッセー

吉行あぐり「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」(文園社) 戦前の家父長制でも核家族であれば、強い個人主義の女性は自立が可能だった

昭和の時代は平均寿命が70代の前半で、それぐらいの年齢になるとたいていは隠居や蟄居になっていた。その時代に78歳で美容院を経営し、現役の美容師として仕事をしているのはとても珍しかった。そこで、編集者は自伝を書くことを持ち掛けた。息子や娘に作家…

西井一夫/平嶋彰彦「新編 昭和二十年東京地図」(ちくま文庫)

昭和二十一年に出された戦災焼失地域表示の付いた「東京都三十五区区分地図帖」をもって、著者らは1985年の東京を歩き回る(初出は1986年)。当時の痕跡を見出そうとして。1985年は再開発の名のもとに、戦前からあったものや戦後急ごしらえでつくったものが…

土門拳「腕白小僧がいた」(小学館文庫)

写真家・土門拳の仕事のなかから、子供を撮影したものを収録。1935年ころから1960年ころまで。 「下町のこどもたち」は1950年代前半の江東区や佃島、月島の子供たちを映す。「日本のこどもたち」は主に戦前に撮影した写真。カメラをもって下町にいくと、子供…

藤森照信/荒俣宏「東京路上博物誌」(鹿島出版会)

1986年に雑誌に連載したものを1987年に出版した。このころは景気がよくて、おしゃれな店ができて、新しい家電製品を買おうとし、テレビ番組が刺激的で、雑誌の新刊が楽しみだった時代だ。まあ、TOKYOが世界の最先端にあるとされていて、輝かしい電飾の下で若…

赤瀬川原平「超芸術トマソン」(ちくま文庫)

そうか「トマソン」のブームからもう30年が経過したのか。懐かしい、という思いになるのは、遅れてそれを知った自分でさえ、路上観察とか考現学とかその他の観察記録が書店に並べられていたのを記憶しているからに他ならない。なるほどバブル経済といわれた…

赤瀬川原平「櫻画報大全」(新潮文庫)

「櫻画報」は説明しずらいなあ。背景には1967-71年のこの国の政治の季節がある。大学構内と街中と路上に、常に人があふれ、デモや機動隊が衝突し、催涙ガスが漂い、暴力が日常的にあった時代だ。もともとは機動隊の側が暴力をふるったのがきっかけて、自衛の…

塩月弥栄子「冠婚葬祭入門 正・続」(光文社カッパブックス)  冠婚葬祭では贈与の応酬による物の交換が面倒なのでマニュアルが必要

1970年のベストセラー。裏表紙によると100万部を超えたそうで(手元の奥付をみると、昭和45年1月30日初版で、昭和46年3月1日で358版とある。毎日印刷している計算になるな)、この冊数になったのは(当時)7冊目だそう。普段本を読まない両親がこの本を買っ…

河盛好蔵「人とつき合う法」(新潮文庫)  簡単に人との付き合いをかえることができないときのつき合う法は息苦しい

昭和33年に週刊朝日に連載したものが単行本になり、文庫になった。教科書に書かれていない人との付き合い方を高校生向け(しかし著者はそのことに拘泥しない)に書いた。 個別には、納得できることが書いてある。時間を守れ、良き友人とつきあえ(でもほどほ…

ウィリアム・パウンドストーン「大秘密」(ハヤカワ文庫) 都市伝説やデマのデバンキング。いつまでも隠し続けられる謎はない。

「真相」はあきらかでないのに「こうではないか」とまことしやかに、繰り返し口端に乗る言説がある。「都市伝説」とかデマとかいうものだ。これらは一般人には検証しようがないので、時間がたったら同じ都市伝説やデマが復活してしまう。否定や打消しの言説…

堀淳一「地図のたのしみ」(河出文庫) 戦争と国策名目の秘密保護は国民から地図と天気の情報を奪い、危険にさらさせた。

小学校高学年のころから地図帳や地球儀を見るのが楽しくなって、たとえば授業の休憩時間に飽かずに眺めていた。ときに、クラスメートがやってきて「○○ページに『××』の地名があるから探してみろ」などと問題を出し合う。そうすると、最初は小さな文字を、当…

赤塚行雄「考える熟語集」(講談社文庫)

著者は1930年生まれ。出版は1986年なので、55歳のとき。1960年代から80年代というのは、20歳から50代にあたる。たまたま生まれ年が区切りがいいので、自分の人生と年代が合致して考えやすいことになった。 「1960年代から今日に至るまでの日本とアメリカの学…

矢沢永吉「成りあがり」(角川文庫) マーケティング、商品開発、商品のブランド化、マネージメント、ファイナンスなど起業に必要なことを一人で行ったミュージシャン。

1978年初出で当時のベストセラー。聞き取りと構成を糸井重里が行ったのも注目された。 父の家族は本人を除いて広島原爆で死亡。再婚した父から永吉が生まれる(1949年)が、数年後に死去。母は別の男と失踪。永吉は祖母との二人暮らし。貧乏暮らしであったが…

村上春樹「辺境・近境」(新潮文庫) ツアー旅行でほとんどの秘境に行ける時代に、「旅行記」が成立するのか

作家には、旅と相性の合う人とそうでない人がいる。最もディープな旅は無銭の貧乏旅行で、辺境深く迷い込み、機転のみが自分の武器であり、運命に翻弄されることを厭うことなく、別地に向かい、もしかしたら帰還することがかなわないかもしれないという境地…

開高健「ずばり東京」(光文社文庫)

1963年から1964年にかけて「週刊朝日」に連載されたルポ。毎回15枚くらいで、東京のあちこちにでかけて現在進行していることをデッサンするという仕事。競馬場の下から都庁(有楽町駅前にあったころ)の上まで。紙芝居屋や河渡しから工業倶楽部のトップまで…

四方田犬彦「月島物語」(集英社文庫)

著者は1987年ころに月島の一軒家を借りることにした。当時、レトロブームとか下町ブームとか都市論とか路上観察とか、そういう町を見て調べるのが流行っていた。それに触発された、かどうかはわからないけれど、月島という町を調べてみた。 月島は佃島と隣接…

高杉一郎「スターリン体験」(岩波現代文庫)

著者は「極光のかげに」の著者で、シベリア抑留体験をもっている。いくつかの記述は「極光のかげに」と重複。 たしかに、心理的な外傷をもっていて、それを心に秘めていることは苦しいことだ。我々だって、失恋・事故・親しいものの死などを経験したとき、し…

小田実/開高健「世界カタコト辞典」(文春文庫)

1965年初出。海外渡航が自由になってから、積極的にいろいろな国を訪問してきたふたり。小田実は「何でも見てやろう」にあるように貧乏旅行で世界一周をして、そのあと平和運動などにかかわるうちに外に出ていくことが多かった。開高健は文学者の集まりが各…

四方田犬彦「われらが<他者>なる韓国」(平凡社ライブラリ)

大江健三郎が「世界の40年」で、「韓国からの通信」の感想としてあれほど感情的でなくても、ということを述べていた。そこで、この本を読んでみる。著者は25歳のときに、建国大学の日本語講師としてソウルにいき、半年をそこで過ごした。途中、大統領の暗殺…

開高健「最後の晩餐」(文春文庫)

1977年に刊行されているので、初出はその2-3年前の「諸君!」の連載。著者はこの本以外にも、多くの食に関するエッセイを書いている。とりわけ世界中で釣りをするという旅行兼スポーツ実践記では、当地の食べ物のことがでていた。そういえば、作家専業になる…

開高健「知的な痴的な教養講座」(集英社文庫)

1987年あたりに週刊プレイボーイに連載されたエッセー。この雑誌は軽薄でありながら、ときに知的エンターテイメントを登用することがあり、著者とか小田実とかそういう進歩的知識人(死語だな)の連載があったのだった。 一回せいぜい5から8枚と見える短い作…

安野光雅「ZEROより愛をこめて」(暮しの手帖社)

1986年ころから88年にかけて「暮らしの手帖」に連載された。個人的な事情を述べると、当時在籍した会社ではこの雑誌を定期購読していて、毎月自分のところにまわってきたのだった。この連載と黒田恭一のCD案内が楽しみだった。 さて。当時還暦を過ぎた著者が…

斎藤喜博「君の可能性」(ちくま文庫)

なんとも懐かしい本が再刊された(といっても発行は1996年と昔のことだが)。もとは「ちくま少年図書館」という叢書の第3巻として1970年に発行された。その3年後、12歳で中学1年生だった自分は、夏休みにこの本を読んで読書感想文を書いた。それが市のコンク…

徳川夢声「夢声戦争日記 抄」(中公文庫)

無声映画を上演する時、日本では弁士という特別の形態があった。どうやら西洋ではオーケストラあるいは小型楽隊が場面に合わせて演奏しているのを聴いていた。それはあたかもバレエを見ているようなものだ。ところが日本では小さな楽隊に合わせて、弁士が場…

ロバート・キャパ「ちょっとピンぼけ」(文春文庫) キャパはハンガリーのユダヤ人。パリに亡命して戦場写真家になり、インドシナ半島の戦争で41歳で亡くなる。

文春文庫ででていて、新訳に変わった。でも自分が読み直したのは、筑摩書房の世界ノンフィクションシリーズ。1960年代に出版されたもので、第3章が省略されているとのこと。文庫版より写真が多いような気がする(文庫版処分済のため比較できず)。 「今朝か…

阿波根昌鴻「米軍と農民」(岩波新書)

伊江島は沖縄本島の北部から西にある島。明治維新後、零泊した武家が移住し、開墾がはじめられた。土地が貧しいので、多くの人を食わせることができず、多くの若者が島を出て働きにでかける。著者・阿波根さんはとりあえず1903年生まれということになってい…

阿波根昌鴻「命こそ宝」(岩波新書)

前著「米軍と農民」は1973年で記述が終わっている。こちらは1973年から1992年までの記録。 大きな変化は1973年の沖縄「本土復帰」(本土からみた「沖縄返還」というのはどうも実情を正しく反映しているとは思えないなあ。では本土復帰がよいかというとこれも…

野坂昭如「国家非武装、されど我愛するもののために戦わん」(光文社)

著者は昭和5年(1930年)生まれ。この場合、元号表示のほうがよい。神戸の貿易商に関連する家で育った。小田実のいう「ええとこのボンさん」だった。近眼で兵隊になれないので、軍国少年として率先して奉仕する。昭和20年の神戸空襲で、家族と家をなくし、終…

中島健蔵「昭和時代」(岩波新書)

1903年生まれ、1979年没。戦前の肩書きは東京帝国大学文学部フランス文学講師にでもなるのだろうが、この人は文学者というよりも、人を集める組織者、運動の理事や幹事を引き受けるオルガナイザー、政治・文学・芸術などの評論家と見ることがおおい。もうひ…

加藤周一「羊の歌」(岩波新書)

「羊の歌」というのは、著者の生年である1919年が羊年であるからの意。本文中に羊は出てこない。むしろ著者の姿勢は、群れを作り集団で行動する「白い羊」とは別のあり方を示す。むしろ99匹が家に戻ったにもかかわらず、荒野をさまよう一匹の黒い羊であるよ…

渡辺一夫「人間模索」(講談社学術文庫)

「人間というものが、狂気にとりつかれやすく、機械化されやすく、不寛容になりやすく、暴力をふるいやすい」という認識が出発点。言い方を変えると「天使になろうとして豚になりかねない」。なるほど、狂気についてはさまざまイデオロギー(宗教であったり…