odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

原田伴彦「被差別部落の歴史」(朝日選書) 移民・外国人がほとんど存在しない江戸時代に作られた差別。明治以降、より悪質な差別が制度化された。

 1975年に出版された被差別部落の歴史を概説したもの。以下の本を補完することを目的として読む。
組坂繁之/高山文彦「対論 部落問題」(平凡社新書
角岡伸彦「被差別部落の青春」(講談社文庫) 1999年
 これまで歴史学があまり取り上げてこなかったし、文書記録があまり残されていない。それも含めて日本の差別をみる。(ただし本書は50年前のものなので、現在では誤りや追加もあるはず。)


 まず明治政府ができる前の古代から近世まで。
・古代の部族社会には奴隷制があった。
大和朝廷ができ、文書記録が残るころから、賤民や賤業とされるものがあった。
・中世でも賤民、賤業があった(鎌倉期の新興仏教は彼らにアプローチしたので、信者が多い)。ただしこれらは近世の被差別部落との関係は不明であるらしい。
・江戸時代初期に現在の被差別部落につながる部落差別が始まる。劣悪な環境に押し込め、就業・起業ができないようにし、賤業につかせる(皮革業か警察行政。いずれも一般住民から憎悪を買うことになる)。
・行政は差別政策を行い、ときにヘイトクライムと実行。平民らによるヘイトクライムを放置し、時に奨励した。

 江戸時代になって海外交易を中止し、平民の居住・就業を制限した。その結果、移民・外国人はほとんどいなくなったのだが、日本人は同じ集団の中に差別するものを作り、差別活動を実行してきた。他の移民・外国人がほとんど存在せず、交易も行われないようなところでは、こういう被差別民を作り出し差別を行うのはまず知らない(ネイティブアメリカン、オーストラリアのアポリジニ、太平洋の島嶼部、インカ帝国など)。どしがたい民族だな、日本人というのは。
 明治政府になって近代化政策がとられたが、江戸時代以上に悪質な差別政策がとられた。居住・就業の自由が認められるのだが、被差別民は居住地を追い出されたり奪われたりし、皮革業に日本人資本が参入して就業先がつぶれたりした。ヘイトクライムもたびたび発生し、ジェノサイドも起きる。

 画期的なのは1921年大正11年の水平社立ち上げ。被差別部落民が大衆運動をおこし、行政や政治家などと対峙した。多少は成果を得たものの(同和行政が始まるとか)、弾圧は厳しく、戦時中は運動が停止する。

 敗戦後。GHQは日本の差別問題に無関心(か放置)。日本の行政も革新勢力も問題を取り上げない(戦前の同和対策費も削減される)。農地解放は小作を自営農に変えたが、狭い土地しかもたない部落では土地は解放されず、自営農になることができなかった(土地改革は多くの日本人に恩恵を与えたが、被差別部落民は対象外になった)。しばらくして、ある程度経済復興が進んだが、被差別部落は取り残され放置されたので、部落解放の大衆運動を再開する。いろいろ問題はあるけど、差別撤廃に向けて、活動は継続中。
(膨大な差別事件、ヘイトクライムが紹介される。この国は権力、政府、人民、国民とも人権意識を持ち合わせていないし、注意しあうこともなかったのに愕然とする。それは現在の入管や留置場などでの人権侵害に継承されている。身内の中で被差別者をつくりだしハラスメントやいじめなどに高ずるのは、自衛隊や警察などの事件などからもわかる。)

 被差別部落の差別案件はもうどこにでもあって、とても根深いものがある。その中で重要課題を取り上げれば
・行政による差別政策。居住環境を整備しない、社会保障から除外する、公共サービスの対象外にするなど。その改善には立法が必要で、行政に予算を立てさせなければならない。
・政治家、学者のレイシズム。影響力のあり行政に影響力を持つ人間が差別発言をすると、他の人が真似をして、発言以上の行動をしてしまう。彼らの差別発言を許さない監視が必要。

 これらは民族・人種差別、障碍者差別、ジェンダー差別の対処と同じです。というかひとつの差別には複数の差別がまじりあっていて、切り分けることが難しい。
 そのうえで、われわれができることを考える。いまだに就職、居住、結婚などの差別があり、教育機会などの公正が達成されていない。それが見えにくいのは、たんにわれわれがカミングアウトできる対象として信頼されているわけではないから。なので、自分の体験をもとに「差別はない」などと言ってはならない。そのうえ、実際にカミングアウトされたときにどうするか、差別の現場を目撃した時にどうするかは、イメージトレーニングをしておいたほうがよい。酷い差別を目撃すると、身がすくんで動けなくなることがあるからね。しかも何が正しい対処法であるかは、シーンと関係者で千差万別。いろいろなやり方を考えないとね。
(他の差別にあっている人の発信をみると、「慰め」や「励まし」より欲しいのは「承知」であるとのこと。これは重要。良かれとおもって「慰め」や「励まし」をやってしまいがちで、それが当事者と傷つけることになっていると理解しておくのは必要。)

 トリビア

「炭坑節は明治時代に、筑豊炭鉱の中心地である田川ふきんの部落の選炭婦たちの労働歌であったといわれます。今のようなテンポの節になったのは、昭和7年のレコード化いらいのことです。(P232)」

 テレビで炭坑節の元歌を聞いたことがあるけど、たしかにテンポは今のものよりゆっくりで、哀調を帯びた曲だった。メロディも少し異なっていた。なお、炭坑節の起源は種々いろいろだとのこと。上の引用はそのうちのひとつという程度の理解でいましょう。
炭坑節(wiki

ja.wikipedia.org

 

 

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