odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

安田浩一「「右翼」の戦後史」(講談社現代新書) 右翼の歴史は保守政党による支援の歴史。大日本帝国憲法・軍人勅諭・教育勅語が右翼の聖典。

 ヘイト団体や差別団体の活動を監視していると、どうしても右翼団体が視野に入ってくる。ときに差別団体(在特会とか日本第一党とか)よりも悪質なヘイトスピーチを,ヘイトスピーチ解消法施行後にも行っている。なぜ右翼は外国人排斥を主張するのか、なぜ右翼は日本人による外国人虐殺を否定するのか、こういう問いに答えようと、右翼や神道を調べている。そこで2018年にでた本書を読む。著者は、日本の外国人問題を長年調査しているノンフィクションライターで、これまでにもヘイトスピーチ問題の本を読んできた。


 著者は取材の結果を書いていくスタイル。なので、過去に右翼が起こした騒擾事件の関係者にインタビューした内容を書いていく。そこにあるトリビアは面白いのだが、俺のような理屈っぽいものには歴史と思想が書かれていないのが不満。そこで、俺の独自研究を加えて、右翼の近代史を箇条書きにしてみる。

・著者によると、右翼の起源は維新前の水戸学にあるとする。水戸学に影響された下級武士や地方の名士などが地元で組織を作った。これは1880年代の自由民権運動につながる。封建制神道にもとづく宗教政治ではなく、明治政府の官僚制が人権無視だったので、反体制・反権力の運動として右翼活動があった。

独自研究を加えると、この流れとは別に、民間神道復古神道による農村改革運動があった。勤勉・質素な生活と農本主義と民間神道による共同生活。この組織も自由民権運動に加わっていく。この民間右翼では、農耕に従事する共同生活によって修養することが多く行われている。農や食を通した右翼活動になり、最近(21世紀)のオーガニック右翼につながる。

・本書にないトピックは1890年の大日本帝国憲法発布と軍人勅諭教育勅語の制定。それ以前から靖国神社建立などによる国家神道を普及させていた。そこに皇国イデオロギー憲法と、法を超越する道徳規範ができた。右翼の思想は国家の後押しを受けて完成する。天皇崇拝と天皇のために死ぬ臣民、軍事大国、外国人排斥、他国侵略が右翼の思想の核心。
(右翼にはろくなテキストも思想書もないことが疑問だったが、これで氷解。右翼の教義はこの3つに書かれているので、そこに加えることはない。加えると異端として査問され追放される。だから右翼が書くものはこの3つの注解でしかないのだ。21世紀でも右翼がこの3つのテキストに固執するのはこれが理由。)

・本書に漏れているトピック。1904年の日露戦争で国民の右翼化が進む。戦争継続を望む国民が組織化して政府に圧力をかける。講和条約に不満で日比谷焼き討ちをするような集団が継続的な組織を作る。
(国民統合ができて近隣諸国との競争に勝つという外交上の成果が、国家の支持と排外主義になっていったのだ。)

・20世紀になって社会主義運動と労働組合運動が日本で起こるようになると、皇国イデオロギーに反共産主義が加わる。1910年代に現在の右翼につながる集団が結成される。この集団には神道系や仏教系の宗教団体も参加。イデオロギー天皇賛美と反米反共。1930年代には右翼が政党政治を攻撃対象にしてテロ事件を起こす。これによって民主主義や自由主義が弾圧されるが、次には右翼団体が弾圧される。(ファシズムは国家主導の国民運動だけを許し、自発的な運動は左翼・リベラル・右翼を問わずすべて弾圧する)。

・1945年敗戦と翌年の天皇人間宣言で右翼の立場がなくなる。多くの団体が解散。しかし米ソ冷戦がはじまると、アメリカの反共政策によって尊皇から反共に鞍替えした右翼を日本の保守政党が利用する。戦犯で拘束されていた戦前右翼の大物が釈放されて、右翼団体が作られる。また敗戦後には復員軍人を中心に愚連隊ややくざなどの犯罪集団が組織化され暴力団になる。これも神道系の皮をかぶっていた。暴力団と右翼が結びついていく(黒塗り街宣車が軍歌を大音量で流す街宣スタイルはこのころのやくざ系右翼に始まるとのこと)。この時代に、右翼が反米から親米反共に鞍替えした理由は本書を読んでもよくわからない。金を出すパトロンの意向に忠実だったというくらいしか思いつかない。

・1950年代に日本のリベラルや左翼の運動が非常に盛んになると、右翼団体は危機を感じる。自民党が裏で右翼・やくざ・暴力団を結びつけ、警察の人員が不足しているところで彼らに警備を担当させた。

・1960年代に神道系仏教系の宗教団体が右翼活動に参加。既存右翼と協力して、日本会議ほかの全国組織をつくる。大学生の右翼・民族活動組織ができる。(雑多な宗教を結びつけているのは、反共イデオロギー。だから右翼は嫌韓であっても、反共を掲げる韓国の右翼とは通じている。)

・1970年代に日本のリベラルや左翼の運動が低調になると、右翼活動も低調化。日本の右翼は反共・反左翼・反リベラルの逆張りなので、敵対勢力の大きさで組織の大きさが決まる。この低調な時期に日本会議などの右翼が草の根の泥臭い運動をして、建国記念日制定・元号法制化・国歌国旗法制定などの成果を上げる。歴史否認の運動もこのころ。歴史教科書の改訂も彼らの目標のひとつ。21世紀には改憲を運動目標にした(安倍晋三も首相在任時にやろうとしたが、今2023年のところ実現していない)。21世紀には自民党がこれらの右翼団体の支援を受けていて、彼らの行動に参加している。

・右翼や右派宗教が取り組んでいるのはほかに、「歴史戦」と称した歴史捏造(修正主義)。道徳・武道教育の復活。「親学」「江戸しぐさ」などのトンデモ活動と共同した家族主義の復活。反フェミニズムなど。

・21世紀から新しい潮流としてネット右翼ネトウヨ)が登場。既存の右翼団体には参加しない。主張はネットの書き込みで行い、SNSでつながる。2010年前後からヘイトスピーチヘイトクライムを多発させる(この動きは別のエントリーを参照)。

・既存右翼もネトウヨと同じヘイトスピーチヘイトクライムを行っている。街宣右翼民族派右翼とネトウヨはみかけは異なるが(隊服をきているか私服かどうかくらい)、彼らのやっていることは同じ。アジア主義を持っていて民族友好を掲げる「本当の右翼」がいるように思っているが、それは幻想。街宣右翼ネトウヨも、同じ「本当の右翼」だ。

・一時期ネトウヨの活動は目立ったが、10年代の半ば以降急速に凋落した。市民による抗議によって路上にでてこれなくなり、自治体のヘイトスピーチ禁止条例で実名が公表されたりしたことがあるが、それよりもネトウヨが大騒ぎしなくても反響がほとんどなくなるくらいに、日本人に差別意識が蔓延しているから。安倍晋三のような極右政治家が外国人排斥他の右翼言動をするようになったからだし、公務員が差別行為をしたりヘイトスピーチをはいたりしするようになかったからだし、ネットに現れないふつうの人々が突然ヘイトクライムをするようになった(障碍者を標的にした大量殺人、外国人施設への脅迫や放火など)。

 右翼の主張はつねにアンチ。左翼のリベラルがやることに対するアンチ・反対しかいわない(画像参考)。本書にあるように右翼にはあるべき政治体制のアイデアはないし、経済や外交への提言もない。思想や精神に関しては空虚(その理由は上記)。右翼は大衆から生まれているが、体制や権力の支援がなければやっていけない。国家が主導する全体主義運動が強くなると、存在も意義もなくなる。20年代になって日、官製の国民運動がなくても日本人は自発的に右翼化した。そのために既存の右翼、街宣右翼ネトウヨは用無しになりつつある。なので「『右翼』の戦後史」は2020年で終わってしまった。

 

師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書)→ https://amzn.to/4bvfUuA
李信恵「#鶴橋安寧」(影書房)→ https://amzn.to/3wgd1yQ
有田芳生ヘイトスピーチとたたかう!――日本版排外主義批判」(岩波書店)→ https://amzn.to/3Wv6N8H
神原元「ヘイト・スピーチに抗する人びと」(新日本出版社)→ https://amzn.to/3WxPmVh
角南圭佑「ヘイトスピーチと対抗報道」(集英社新書)→ https://amzn.to/3WB59Cy
安田浩一「ネットと愛国」(講談社)→ https://amzn.to/3USPmxy
安田浩一ヘイトスピーチ」(文春新書)→ https://amzn.to/3wu5214
安田浩一「「右翼」の戦後史」(講談社現代新書)→ https://amzn.to/3xnRq7G