本書で人種主義としているのはレイシズム(racism)の日本語訳。この言葉が使われるようになったのは19世紀末からだが、差別の意味をもつraceは古くから使われてきた。「人種」は存在しないが、差別目的の人種主義が人種をつくってきた。それぞれの時代の思想や制度や科学に支えられてきた。
第1章 「他者」との遭遇―アメリカ世界からアフリカへ ・・・ アフリカ黒人を奴隷とするのは中世からあったが、世界的になった転換点が1492年。このあと南米の先住民を強制労働・奴隷労働を強いた。大量死があったので(奴隷労働のほか、疾病、アルコール、銃火器など)、アフリカの黒人を奴隷にする「輸出入」がビジネスになる。このころから聖書やアリストテレスを引用して奴隷や強制労働を正当化する言説が現れていた。
(コロンブスに典型的なように、人の肌・言語・外観などで差別し強制労働させる見方が生まれていた。ヨーロッパが遅れていて人と物の流れから取り残されていたので、異民族に出会う機会が少なかったため。)
第2章 啓蒙の時代―平等と不平等の揺らぎ ・・・ 18世紀。カリブ海のコーヒーと砂糖がヨーロッパに輸入され、ヨーロッパ人の生活を変えた(下記リンク参照)。それは大西洋奴隷貿易に支えられた。
川北稔「世界システム論講義」(ちくま学芸文庫)
人類を分類する学問が博物学で生まれる(リンネ、ビュフォンなど)。同時に女性を美醜で分類することも行われた。人種概念がこのころに成立。啓蒙思想家には黒人嫌いで反奴隷制を公言したものがいる。ヴォルテール、ヒューム、カント、モンテスキューなど。沈黙したルソー、インディオに人間性を見るモンテーニュのような人もいる。この時代には黒人奴隷の悲惨が伝わっていたので、黒人奴隷廃止の是非が議論されていた。
人種主義や異なる集団間の不平等の正当化は資本主義が強化していた。
(19世紀の半ばまでは、動物や人間は複雑なものから単純なものへ堕ちていく遞降(ていこう、degradiation)していくという考えが一般的。なので単純なものや下位のものは劣っているとされた。それが人種の優劣に反映していた。)
ラマルク「動物哲学」
第3章 科学と大衆化の一九世紀―可視化される「優劣」 ・・・ 19世紀。人種主義の現れとして、「人種理論」の流行を見る。キュヴィエ、ゴビノーなど。博物学、分類学、言語学がこの理論形成に使われた(またはこの学問から人種理論が作られた)。人種の間で優劣が決められた。異なる人々を商業的に「展示」する興行が西欧であり、なかには標本にされた(黒人蔑視、低劣観念はこのころ定着)。当時のトピックは奴隷制廃止。ヨーロッパの国は遠い植民地のことなので廃止を決めたが、国内に存在するアメリカで自分ごととして内戦にまでなった。
(アーレント「全体主義の起源」にでてくる植民地の人種差別は触れられない。)
第4章 ナショナリズムの時代―顕在化する差異と差別 ・・・ 19世紀後半。国民国家、帝国主義、グローバル資本主義。国民意識と人種意識が強くなる。科学では進化論と優生学が重要。優生学や形質人類学は生物学的人種差別主義。アメリカでは1865年に奴隷解放令、1866年に公民権法ができ、黒人に選挙権がついた。しかし1870年代には黒人差別容認の法ができ黒人の選挙権が剥奪された。
2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書)
また先住民差別、移民差別も起こる。出自によって移民が階層化され、ユダヤ人・アイルランド人・アジア人が劣位にされた。1882年に対華移民法ができて中国人は移入できなくなる。障害者の移民も制限された。
黄禍論、イスラム蔑視、反ユダヤ主義が流行する。当時の反ユダヤ主義はセム人排斥であり、ユダヤ人を異教徒から異人種に変えた。
大澤武男「ユダヤ人とドイツ」(講談社現代新書)
第5章 戦争の二〇世紀に ・・・ アフリカ植民地で帝国によるジェノサイド、絶滅収容所があった。ベルギー領コンゴ、ドイツ領ナムビア、イギリス領南アフリカのボーア戦争。WW1では植民地の兵士が動員された。敗戦国ドイツに黒人兵士が占領軍として配置されたので、ドイツでは黒人嫌悪・恐怖が強くなった。ナチスの時代。最近の研究ではナチスの政策に独自なものはなく、それ以前の政権の継承であったり他国の政策を取り入れたものがあった(アメリカの異人間婚姻禁止法など)。
芝健介「ホロコースト」(中公新書)
小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店)
被差別集団からの反転の動きがおこる。パンアフリカニズム運動など。入植者が没落して被支配階層にはいったり、植民地の先住民が集団で宗主国に移住したりする。経済・雇用に人種主義が入り込む。
終章 再生産される人種主義 ・・・ 20世紀後半。「科学的」な人種主義が減り、文化的人種主義という新しい人種主義が現れている。「白人差別(列島では日本人差別)」をマジョリティが訴える逆差別も主張されている。日本の人種主義では、アイヌや琉球人の遺骨返還運動と部落差別運動(部落は作られた人種であるとみなす考えが生まれている)に注目。
ハンナ・アーレントは植民地の統治の経験がレイシズムの起源なのだと説明している(という)。解説を読んでいたら、レイシズムのもとになった植民地統治は19世紀のそれかと思っていたが、もっと前からだった。すなわち「アメリカ発見」のときから大陸を植民地にしていて、そこで先住民を虐殺し奴隷にしてきた。大西洋の三角貿易でヨーロッパが富を蓄えるさいに、奴隷労働で収奪や搾取をしていた。それが人種主義の起源。さらにさかのぼれば、非西洋人を蔑視し嫌悪するのは十字軍のころまでさかのぼれる。そしてヨーロッパのなかで人種主義は思想や風俗の基本として、人々に定着していた。近代は人種主義を蔓延させたが、植民地主義の国民国家が人種主義を生んだのではなく、もっと前から深いところからあった。
科学史からすると、博物学と分類学、その後の民俗学や遺伝学、進化論は資本主義と植民地経営を支える学問であることは知っていた。それが人種主義を生み出す源泉のひとつであったことに衝撃。科学の知識は価値中立であるかもしれないが、科学者の行為と思想はパトロンの意向を露骨に受けるのだ。だから科学者集団は権力者から離れていなければならない。政治的権威に弱い学者はとても危険。
本書は人種主義の思想史であるので、実際の差別案件やジェノサイドなどはほとんど触れられない。それはさまざまな本で補完しましょう。また大西洋三角貿易でヨーロッパが富を蓄えた過程は上掲の世界システム論を参照しましょう。ヨーロッパの近世以降は各国史やヨーロッパ史でとらえようとしてはだめで、世界システムの覇権争い、資本主義のグローバル化としてみないといけない。
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