odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

渡辺延志「関東大震災「虐殺否定」の真相 ハーバード大学教授の論拠を検証する」(ちくま新書) ラムザイヤー論文を検証。執筆者も、当時の政府も軍も警察もフェイクニュースを流していた。

 2019年にハーバード大学ラムザイヤー教授(専門は法学らしい)が関東大震災朝鮮人虐殺を否定する論文を発表した。第1章に論文のサマリーが載っているが、内容は日本のネトウヨがいっている否定論と同じだ。関東大震災朝鮮人虐殺のことを「朝鮮人の犯罪に対する日本人の正当防衛だった」とする内容。すでに虐殺があり、軍や警察が関与したことまでわかっている。しかし非日本人が大学教授の肩書で英語で発表したので、日本のネトウヨがこの論文を振りかざして否定論をあおっている。そこで、この論文を検証・批判する。
 このような作業は専門家からすると業績にならず、「論争」をすると消耗するのでやりたがらない。面倒なことに巻き込まれるのを承知して本書ができた。労多謝。なので、この後は本書を読んだ素人が朝鮮人虐殺否定論をつぶしていけばよい。

 

第1章 ラムザイヤー教授の論文を読む ・・・ 論文は「警察の民営化:日本の警察、朝鮮人虐殺、そして民間警備会社」のタイトルで15ページ弱。うち9ページで関東大震災の虐殺を否定している。要約を要約すると、震災前から朝鮮人は日本に移住していて、そのうち若者はテロリストの訓練を受けていた。移住すると反日活動に関与していた。震災当日、警察は機能を喪失したので日本人は自警団を組織した。朝鮮人が犯罪を働いている・襲撃するといううわさが入ってきたので、自衛のために殺害を行った。警察はその噂をのちに否定しているが、当時の新聞をみると犯罪は事実であった。虐殺された朝鮮人は2000人から14000人と推定されているが、当時の人口調査を見ると疑わしい。調査したのも反日組織で根拠に乏しい。虐殺はあったが二人から5000人の間と教授は推定する。
(とくに論文のミスとされたのは、若者は犯罪を犯しやすい→朝鮮人の若者が関東大震災で犯罪を行ったという記述。)

第2章 論拠の資料を確認する ・・・ 警察庁や司法省、朝鮮総督府の資料を読み込んでみたが、朝鮮人がテロリストである根拠や、震災後の犯罪(放火、殺人、井戸に毒など)を起こした事例は見つからなかった。当時すでに警察や内務省がうわさは流言であると言明している。震災後の混乱と家事の多発などで、警察は十分な捜査ができなかった。

第3章 論拠の新聞記事を読む ・・・ 論拠にしている震災直後の記事をみる。大阪朝日新聞、読売新聞、河北新報、名古屋新聞など。大地震によって関東の電信電話と鉄道はほぼ壊滅。道路は渋滞。なので現地の情報はほぼでなかった。関東外の新聞社は記者を派遣して、情報収集したが、その中に流言が混じり、そのまま報道されたとみられる。一部には軍や警察の情報が混じっている。また論拠のもとにはネトウヨや極右の本屋ブログが混じっている。
(その記事のなかには、自警団が朝鮮人を探して殺気立っていて、怪しまれた人が重傷を負った事例がある。当時の日本人がヘイトデマを信じて、パニック状態になっていたのがわかる。)

第4章 一〇月二〇日前後の新聞記事 ・・・ 時系列をみると、9/1震災→当日または翌日から朝鮮人虐殺開始→直ぐに報道規制→9/8にはデマであることを司法や警察は察知→10/20に解禁(しかし記事によって規制はあった)。そのために10/20から虐殺の記事がでてくる。すでに朝鮮人虐殺は公然と行われたので、記事を止めようはないが、対抗のフェイクニュース朝鮮人による殺人)も流された。虐殺には軍と警察が関与したが、警察は認め、軍はしらを切って隠し続けた。報道規制解禁から自警団の摘発が始まる。
ラムザイヤーは記事の内容を検討しないで、フェイクニュースを採用した。また他の資料には日本のネトウヨや歴史捏造団体の本やブログが使われている。これらの資料は検証されていないことを事実とし、フェイクを書いている。ラムザイヤー論文の信ぴょう性を失わせている理由のひとつ。)

 第5章では2021年3月頃にラムザイヤー論文は改訂され(学術誌の編集長がミスがあると表明しサイトから論文を削除したため)、関東大震災朝鮮人虐殺はほとんどが削除された。内容も常識的になった。ネトウヨはこのことを指摘しないか、無視している。

第5章 東京大学新聞研究所の研究 ・・・ 1986年にでた三上俊治・大畑裕嗣共著「関東大震災下の朝鮮人報道と論調」に注目。1923年9月1日から年末までの新聞記事2000本以上を集めて統計的に分類したもの。それによると当時の新聞は、報道規制が解け「朝鮮人による虐殺」がデマであることが表明されても、流言を撤回せず、フェイクニュースを流し、「不逞鮮人」キャンペーンを張り続けた。新聞が朝鮮人虐殺に関与した責任は重いという内容。特に記事が多く、デマと取り上げ続けたのは河北新報ネトウヨの虐殺否定によく使われる。)

第6章 虐殺はなぜ起きたのか ・・・ ここは分析が甘いと思ったので、サマリーは作らない。

 

 1910年に韓国を併合すると、すぐに民衆による抵抗運動が全土で起きた。日本軍は武力で制圧しようとしたが、抵抗は極めて強かった。日本軍の被害も大きく、報復のために朝鮮人に拷問や虐殺が行われた。それが朝鮮人の抵抗をさらに強め、併合=植民地化後10年たっても制圧できない。日本軍と兵士は恐怖するようになり、「不逞鮮人」キャンペーンを行う。除隊になった兵士は帰還したのち、1910年以降在郷軍人会に組織化される。
 1920年ごろから日本に来る朝鮮人が増える(土地を奪われ職をなくしたものが出稼ぎにいき、定職を持つと家族を呼び寄せた)。各地に集住地区を作ったが、日本人の差別にあい、暴行されたり殺されたりする事件が頻繁に起きていた。韓国の「不逞鮮人」キャンペーンが本土でも行われていて、反朝鮮人主義が日本人に定着していたのだった。
 そこに関東大震災が起こる。自警団には在郷軍人会メンバーが参加し、そのなかには朝鮮帰りの元兵士がいたので、韓国で行ったことを日本でも行った。ある町では、震災直後から軍隊が出動し橋を封鎖して通行人を検問し、朝鮮人を殺害した。警察でも同様に朝鮮人を検挙し署内に留置していたが、自警団に彼らを引き渡し虐殺するのを放置した(むしろ奨励した)。虐殺は数日間続く。あるところでは軍隊が虐殺した朝鮮人を河川岸に重機を使って埋めた(1980年代に発掘し多数の虐殺死体を発見した)。
 このように虐殺には軍と警察が関与(ときに先行して実行)し、在郷軍人会を含む自警団が虐殺を行った。ときに民族や国籍を誤って中国人や日本人、聾唖者などの障害者が虐殺された。中国人は誤認ではなく、もともと狙って殺したケースもありそう。これらの事例は伏せられ、新聞も報道しなかった。
 史実を検証するのは戦後になってから。今のところ犠牲者は6000人強と推定されているが、それは発見され確認された犠牲者の数というべき。21世紀になってから虐殺はほとんどなかったとされていた神奈川県内での虐殺を示す資料が見つかったので、犠牲者数はさらに増えるだろう。
 日本国内の朝鮮人差別は関東大震災を契機にして起きたと思われている。実のところは、明治政府ができ征韓論を打ち出すくらいのころから朝鮮人や中国人を蔑視する感情は生まれていたとみるべき(黒岩涙港「無惨」1889年に中国人差別が現れているように)。そこに皇国イデオロギーの教育があり、日清と日露の戦争で朝鮮人を実際に蔑視・差別することが半島や大陸で行われ(夏目漱石「満漢ところどころ」)、韓国併合を機に本土に蔓延していった。併合後の抵抗運動は本土でも報じられ、朝鮮人への恐怖と蔑視は強くなっていった。そこに関東大震災が起きて、パニックと限界状況で虐殺が起きた(きっかけと具体例を示したのは軍と警察)。そういう流れでみるべき。ドイツが中世からの反ユダヤ主義の伝統をもっていて20世紀のナチス時代にジェノサイドを行った。それと同じことが日本でもあったのだと認識しよう。
 そうすると、虐殺を起こさないために何をするのかが次の問題。いろいろやりかたはあるが、かんたんなのは本書を使って「関東大震災虐殺否定」を否定していくこと。ネトウヨは勉強していないので、本書を使えば否定論に対抗できます。「ラムザイヤー教授の論文で虐殺はなかったことが明らかに」というものには、批判を浴びて改定した論文で虐殺否定は削除されたぞと言い返そう。

 

渡辺延志「関東大震災「虐殺否定」の真相 ハーバード大学教授の論拠を検証する」(ちくま新書)→ https://amzn.to/3PNInmF

 

 下記の番組が参考になります。ラムザイヤー論文を含めた否定論をつぶしています。また大虐殺資料を発掘している人たちの活動を紹介し、軍や警察が虐殺に深く関与していた史実をあきらかにします。
#NoHateTV Vol.238 - 関東大震災虐殺否定デマを潰す

www.youtube.com


#NoHateTV Vol.235 - [関東大震災4時間スペシャル 前編] 百年前、虐殺があった

www.youtube.com


#NoHateTV Vol.236 - [関東大震災4時間スペシャル 後編] 百年前、虐殺があった

www.youtube.com


#NoHateTV Vol.237 - 関東大震災虐殺関連資料

www.youtube.com


金性済 - 「不逞鮮人」とは誰か(FULL VERSION)

www.youtube.com

 

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www.sciencedirect.com