odd_hatchの読書ノート

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スタニスワフ・レム「エデン」(早川書房) コミュニケーションが取れない辺境の惑星を探検する「海洋冒険小説」。

「惑星エデン―宇宙空間に巨大なオパールのしずくのように煌めくその星に、6人の地球人科学者を乗せた宇宙探査船が不時着した。だが、地表で彼らが見たものは、巨大な生体オートメーション工場と、その大量の廃棄物、そしてエデン人の累々たる死骸の堆積だった。一つの個体が労働部分と思考部分に分かれた複体生物であるエデン人に、いったい何が起こっているのか?地球人科学者はエデンの人との知的接触をはかろうと試みるのだが…。未知なるものとの出会いを豊かな想像力と哲学的視点から描き、『ソラリスの陽のもとに』『砂漠の惑星』とともに三部作を築きあげる問題作。(裏表紙のサマリ)」


 この物語の枠組みは、海洋冒険小説を借りている。閉ざされた船体、限定された登場人物、悪天候ないし事故による遭難と漂流、奇怪な閉ざされた島(星)に漂着、サバイバル生活、異文化の種族との交流、そして脱出と母国への帰還。それこそ「ロビンソン・クルーソー」と同じような物語だった。文体は、博物学調査のルポルタージュ。硬質で感情移入のない乾いた文章(なぜか北国の寒さを一緒に感じた)。ここでの異世界はそれこそ地球とは異なる生態系、生物、場合によっては物質組成すら異なっているかもしれない、そんな世界の描写なので、比喩を使わず、科学のことばを使わうことになる。レムも苦労して書いているなあと思った。
 6人の地球人科学者は、コーディネーター、ドクター、技師、物理学者、化学者、サイバネティシスト。それぞれ役割と部署で呼ばれている(時に名が呼ばれることはあるが、ほとんど記憶されない)。彼らの視点に立つと、サバイバルと調査のふたつのプロジェクトを同時に進行するのが惑星「エデン」漂着後のミッションになる。全員が訓練されたものであるので、チーム内のコミュニケーション不全、感情のもつれ、複数チームの覇権争いのようなミッションの妨げはほとんど表れない。多少医師が惑乱して、何かに八つ当たりするくらい。このときにはコーディネーターの存在が大きく、この役割名ではリーダーは存在しないのだが、彼が担当している(とはいえリーダーシップを取るのではなく、メンバーの議論を調整して、次の作業を明確にするというまさにコーディネイトを担当しているのだが。ここらへんは、漂流したチーム内部の抗争を描く冒険小説とは異なるところ(例はゴールディング「蠅の王」)。
 問題はエデンの生物であって、上記のような人間とのコミュニケーションのほとんど取れない存在。後半に至って、事故か何かで調査チームのとらわれとなった複体生物の「言葉」を翻訳機を介して会話を試みるが、まったくすれちがう。ドリトル先生のような異生物との会話の達人でもお手上げというわけだ。こういうコミュニケートできない存在にどのように行動するべきか、まあそんな主題。これは未来の異生物との交信で問題にされるだけではない。ニセ科学・ニセ学問のビリーバー、宗教やイデオロギーの布教を解く確信犯とどのような交信が可能か、どこまでかれらに介入するべきか、彼らはわれわれの世界に取り込ませることが可能なのか、それともエリアを分けて不介入にするべきなのか、しかもそれは包括的な一般的な解決はたぶんなくて、個別に対応して解決しなければならないということになる。
 主題を読者の身近にまでおろすことができたとき、深刻で痛切なものになるのだが、物語に入り込めなくて、途中を大幅にすっとばしました。レムさんごめんなさい。

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