odd_hatchの読書ノート

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笠原十九司「南京事件」(岩波新書)

 南京事件の経緯は秦郁彦南京事件」(中公新書)の感想に書いたので、それ以外のところを補足する。秦の本だと、アトロシティに注目が集まって、なぜ南京を攻略するのかが見えてこない。
 単純化すると、前年の226事件で陸軍内部の抗争が終結。日独防共協定ができて北方の脅威が薄らぐ。政党政治が有名無実化して、軍部の考えが通りやすくなり、中国侵略が実行される。盧溝橋事件で戦端を開き、以後宣戦布告なき戦争が始まる。陸軍は対ロか対中かの内部抗争があったので、中国侵略の方針は確定していない。戦端を開いた後の政略もその後の政治運営もほとんど決まっていないようだった。どうやら南京を首都とする国民党政権が中国の代表であると考えたので(当時は大陸にいくつもの軍閥があり、共産党も支持を広げていたが、これらは眼中になかったと見える)、南京を攻略すれば万事終了と思い込んだものと見える。政府やメディアが盛んに報道したので、国民は熱狂。そこで1937年夏に上海を攻略するが三か月もかかる難戦。多くの兵士は帰還できるとおもったが、300㎞程離れた南京を同じ部隊が攻略することになる。攻略を急いだので兵站は追い付かず、食料不足が起こる。現地調達の命令がでて、侵攻時から略奪、虐殺、放火、強姦などが頻発。予備役や高齢の補充兵の多い軍隊は士気が低下、軍規は緩んでいる(世間知を持った社会人や年配の兵士は組織への服従心に乏しい)。さらに複数の軍隊が別ルートで進行し、手柄を争ったの、行く先々でアトロシティを起こしていた。(近隣の農民などが南京に逃げ込んだので、市内の人口が膨れ上がっている)。
 南京市の攻略は11月末から。15万人の中国軍がいたと思われるが、12月中旬のころに崩壊、遁走。南京市からの脱出方法はすでにない。そこに飢えて、疲れて、不満と敵愾心だけの日本軍兵士が流れ込む。一応、規律正しく処せという注意事項がでていたが、将軍から末端兵士まで守る気持ちはまったくない。「残敵掃討」という名目で、市内のあちこちで略奪、虐殺、放火、強姦などが起こる。戦後集められた資料によって、一日ごとの被害者数を推定することができ、人数は20万人を超えるのではないかと著者は推測する。ここには南京入場以前の被害は含まれていないようだ。加害者である日本軍の資料は破棄されたものの、当事者の手記や証言があり、中国側や現地にいた外国人なども資料を集めている。そこには否定論や虐殺少数者説などの入る余地はまったくない。
 加害者が日本人であるということで憂鬱になるのは、命令や計画がなくとも、日本人の集団が侵略性・残虐性・野蛮性をもっていること。そこに他民族や他人種への差別意識が加わると、容易にヘイトクライムやジェノサイドを起こすこと。南京事件は日本人集団の特性が短期間に集中的に行われた(かつ宣戦布告のない戦闘行為で起きた残虐行為なので国際的に報道された)のだが、その後も三光作戦でより多くの被害者をだしている。多発する強姦に対処するために性奴隷の仕組みを作り、組織的なセクハラと加害行為を続けた。個々人は正義や徳を考え、共同体や組織の中で実践することができても、組織や社会が加害に走った時に、日本人は対抗したり抵抗したりして行動を変えようとすることが極めて困難。正義や徳や知性の持ち主も、組織や集団の中で容易に侵略性・残虐性・野蛮性を発揮してしまう。
 著者は、このアトロシティに対して、事実を解明し(発生時から現在まで十分な教育や啓発活動は行われていない)、責任を追及し、再発防止策を打ち出すことが大事という。まさにそのとおり。日本人であるわれわれは日本人の悪にきちんと向き合わねばならない。俺が加えると、悪や不正義が行われている/行われようとしているときに、善や正義を実践する練習をしなければならないし、社会に参加して自己統治できるしなければならない。
 

 

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