odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ジョン・ディクスン・カー「死の館の謎」(創元推理文庫) 1972年に1920年代のニューオーリンズを回顧する。老いたカーは何事も抑え気味。

歴史小説家ジェフ・コールドウェルは、ひさしぶりに故郷ニュー・オーリンズの地を踏んだ。 彼を出迎えた旧友の住む邸は、二つの点で名を知られていた。 一つは、秘密の隠し部屋にスペインの財宝が眠っているという伝説によって。 もう一つは、謎の怪死事件が起きた〈死の館〉として。 そして、いままた旧友の妹が不可解な死を遂げた……。 本格派の驍将、カーが描く歴史ミステリ。
http://www.aga-search.com/105-1-13history.html

 この本の場合、上記のサマリに付け足す情報はないようだ。主人公は1927年当時30歳くらいの新進歴史小説家。古い友人の誘いがあったので、イギリスからアメリカ・ニューオーリンズの町にあるイギリス風館を訪れる。そこには、莫大な遺産と資産をもった兄妹が住んでいて、二人とも心臓に欠陥をもっている。この設定とオープニングはポオ「アッシャー家の崩壊」だな。
 例によって、カーの設定する古い館には謎めいた因縁と解明されなかった殺人がある。ここでもそれは踏襲されている。いままでにカーはそんな話をいくつ書いたことだろう。「赤後家の殺人」「連続殺人事件」「魔女の隠れ家」「曲った蝶番」ああ、リストアップするのも面倒。そういう点では、なんとも懐かしい物語(似たような物語を何度も読んだ上で、また同じ設定に出会ったということで)。
 時代を1927年というアメリカのオールド・グッド・デイズにしたおかげで、フェル博士もH.Mも出てこない。探偵役はギル伯父さんという地方検事が務めるが、性格もたぶん外見も彼らに似ているだろう。ここでもまた懐かしい物語を再読している感じがした。
 初出は1972年で、カーは60代の後半。探偵小説の枠組みを使っているが、このとき彼の主題は1920年代のニューオーリンズを描くことであって、作者自身の若いころを詳細に残しておくことだった。そのため、情景描写に多くを割いていて、ニューオーリンズおよびその周辺の様子がよくわかるようになっている。この気分というか主題というのは、クイーン「最後の一撃」と共通することで、クイーンは1929年のニューヨークを詳細に描くことに執着したのだった。同じ気分がカーにもあったということに注目しておこう。(老年の作家が自分の生まれた時代や青春時代をまるごと全部記録に残そうというのは、よくあることなのかしら。単純な自伝小説とするのではなくて、フィクショナルな人物を配置してその時代を描こうという意図の作品。)
 そのためか、30年代や40年代の諸作と比べると、カーの怪奇趣味とか不可能犯罪設定とか登場人物のどたばた騒ぎなどは抑制されていて、いわゆる「カー」らしさには乏しい。さらには、文章の冗長さがめだち(なにしろ、3分の1をすぎても登場人物は汽船にのったまま)、またストーリの運びが遅い。これは読者を選ぶなあ。
 (そうそう、犯行現場の重大な鍵が、カバー裏面の写真だった。たしかに古いイギリス風館の手すり周辺のことなど、写真でもなければこの国の読者にはわからないだろう。自分のもっていたのは1979年の4刷あたりのだが、2000年よりあとの再販では写真は省かれているようだ。)