odd_hatchの読書ノート

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ヴァン・ダイン「カナリア殺人事件」(創元推理文庫)

 アメリカの戦前バブル全盛期である1927年のベストセラー。のちの探偵小説に多大な影響を与えた作品。
 ニューヨーク・ブロードウェイ(って1927年にあったのかな)の名花マーガレット・オデール(通称カナリア)が自室で殺されていた。その夜には数名の出入りがあったようだが、死亡推定時刻の直前には誰も出入りをしていない。そのうえ、マンションの唯一のドアは鍵で内側から閉ざされていて、外部から侵入するには高層階に過ぎる。カナリアに秋波を送っていたのは道楽者や成金の4人。しかし犯人を決める手がかりはない。名探偵ファイロ・ヴァンスは容疑者にポーカー勝負を挑んだ。
 40年ぶりの再読。

 つ、つまらん。事件現場が密室であることがわかるまでに100ページ。そのあと250ページのだらだらした尋問。あまりの退屈さに、途中の150ページくらいを素っ飛ばして、ポーカー勝負の章に飛びました。それこそ、トリック暴きとポーカー勝負くらいしか読みどころがないよ。前回は中学生で探偵小説の語法を知らないときだったので丹念に追ったが、今回はトリックを知ったうえでの再読だから読みどころを見出せなかった。
 つまらない理由はいくつかあって、
・謎-捜査-解明の「現在」のストーリーにまったくひねりがなく、退屈な会話を読まされること。捜査陣に起こる事件がないものだから、集中力を持てない。たとえば、容疑者のひとりが逃げ出すとか、カナリアの死去を知った観客が劇場前で混乱を起こすとか、カナリアの遺言書が見つかって意外な内容に驚くとか、何か手があるでしょうに。
・ブロードウェイの名花カナリアは奔放な性格と行動で男を手玉に取っていたというキャラクター。それはこの時代の先端にいる女性の姿。このキャラを深めていけばよかったのに。過去の貧乏な挿話とか、親孝行な面があるとか、あるいはライバルを陰湿なやり方で蹴落としたとか、そんな意外な一面が浮かび、彼女に翻弄されて没落する男という物語を組み込めばよかったのに(のちの「フィルム・ノワール」みたいなやり方ができたはず)。
・ファイロ・ヴァンスとマーカムとヒースのコンビはキャラがたってなくて、だれがだれだかわからない。スノッブディレッタントたちが優雅で上品な会話をするのは、どうにも退屈だなあ。当時の気分、雰囲気はわかるのだがねえ。
 一方、発見もいくつかあって、
・ファイロ・ヴァンスの探偵方法は心理学的云々のほうが取り上げられる。自分はこの作品の記述にある美学的方法が重要と見た。すなわちヴァンスは事件をひとつの作品とみるのである。そうすると初動の情報では作品としての事件はいびつである。構図がでたらめとか、パーツがアンバランスであるとか、未完のところがあるとか。なのでヴァンスは、作品としての事件の「美」が構築されるように、情報を仕入れ、解読し、当てはめ、作品の欠損を埋めていく。作品の「美」が完成したとき、おのずと犯人と方法と動機がわかる。
・彼の心理学的手法云々は情報入手の手段の一つ。そこに囚われないほうがよい。
・そんなことを思うのも、ファイロ・ヴァンスの衒学は西洋美術史、西洋文芸史のうんちくに限られるから。これは当時の大衆は詳細は知らないが、何か聞いたことのあるような情報。それがふんだんに引用されているところが受けたのかも。似たような事例で、1990年代にペダンティックでとんでもない長さの「京極堂」シリーズがベストセラーになった。あれも、読者の知っていることのちょっと先を書いてあるところが受けた(と思う)。
・歴史的遠近法をつかうと瑕疵だらけのこの作品(「ベンスン殺人事件」も)が、空前のバブル時代である1920年代にベストセラーになった理由がよくわからない。まあ、アメリカの探偵小説といえば、犯罪小説かユーモア小説ばかりで、本格的な犯人あてはイギリスの独壇場。そこにアメリカ生まれで、アメリカの最先端都市とその軽薄な住人のことが書かれていたのが、アメリカの読者層に受け入れられたのかな。

 1929年にウィリアム・パウエル主演で映画化された。
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 なんと、1974年にイタリアでテレビ映画がつくられていた。
Philo Vance - La Canarina Assassinata
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 製作されたのは「ベンスン」「カナリア」「グリーン家」の三作品。