odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・ディクスン・カー「曲った蝶番」(創元推理文庫)

ケント州の由緒ある家柄のファーンリ家に、突然、一人の男が現われて相続争いが始まった。真偽の鑑別がつかないままに現在の当主が殺され、指紋帳も紛失してしまった。さしもの名探偵フェル博士も悲鳴をあげるほどの不可能犯罪の秘密は? 全編をおおう謎に加えて自動人形や悪魔礼拝など、魔術趣味の横溢する本格愛好家への格好の贈物。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118075

 カーの小説世界では、ロンドンの近郊には16世紀に立てられて現在に残る多くの邸宅があり、そこには悪魔崇拝書とか自動人形とか神秘学の本とか革命時代の武器だとかが収蔵されている。そこに住んでいる一族は、過去の呪縛にとらわれていて、今にも滅亡しそうな状況にあって、そこにフェル博士やメルヴェル卿らが訪れると殺人事件が起こるらしい。その殺人現場は、密室だったり人の出入りが不可能だったり、あるいは神秘な出来事がおきた痕跡もあったりと、現実の物理法則では説明できない状況になる。第三者からすると魅力的な場所だが、そういう場所に住むのはちょっとやっかいだ。
 さて、出版社のサマリにない状況を追加すると、相続争いの背景には1912年のタイタニック号事件があった。あとから家督権を主張する男の話によると、船上でであった少年はトウェン「王子と乞食」よろしく、互いの身分を交換して新たな生活にはいったという(これは「天一坊」事件だな。たしか吉宗の息子の偽者が征夷大将軍になろうとした事件。浜尾四郎に「殺された天一坊」というのがある。あと久生十蘭「顎十郎捕物帳」の第1話とか)。偶然(笑)、ファーンリ家に近しいものは、子供時代の指紋を残していて、現在のそれと比較しようということになった。またこの屋敷には悪魔崇拝の書物があり、また古い自動人形が残っていた。さて、当主がのどをかき切られて殺害されたが、場所は館から20フィートも離れていない池で、そこにいくまでは腰の辺りくらいの低い生垣の迷路がある。月夜の晩で薄暗いが、なんとか物の判別のできる明るさがあり、74歳の老執事が殺害の様子を目撃していたが、被害者のほかには誰も見かけていない。というわけで、衆人で監視されている状況でありながら、犯人は目撃されていないのだ。
 こういう人工的な舞台。この設定から思い出したのは、江戸川乱歩らのいう「残虐趣味」「オカルト趣向」ではなくて、ポオの短編のいろいろ。たとえば「庭園」「ランダーの別荘」のような人工庭園であり、「アッシャー家の崩壊」のような古い館に住む兄妹(カーの場合は幼馴染同士の夫婦になっている)、「メルツェルの将棋指し」の自動人形、さらに「使い切った男」。こういう先行作品のアイデアを組み合わせることで、「曲った蝶番」を書いたんだな。1938年の初出。短編「パリから来た紳士」が同じころに書かれていたと思うので、カーのポーへの関心が深まったころなのだろう。