odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「リュパン対ホームズ」(創元推理文庫)

百万フラン当選の宝くじの紛失と、フランス王冠にまつわる伝奇的な青ダイヤの盗難に端を発した、一連の怪事件解明に乗り出す名探偵シャーロック・ホームズ。フランス対イギリス、ホームズかリュパンか? トラファルガーの復讐戦を自負するリュパンの活躍。フランスの面子をかけての攻防戦! 「金髪の婦人」と「ユダヤのランプ」を収録した。
リュパン対ホームズ - モーリス・ルブラン/石川湧 訳|東京創元社

 20世紀初頭のミステリの二大ヒーローが対峙するというのはそれだけで大事件。あえて言えば、ゴジラガメラ、用心棒対座頭市(一度だけ実現)、金田一耕助怪人二十面相ミラーマンシルバー仮面マジンガーZゲッターロボ(たとえが下卑てきたのでここまでにしておこう)など、夢の対決なのだ。こういうスター共演というと面子を立てるという大人の事情もあって、実現しないか、あるいはドロー決着というのが普通のありかた。ところが、ここではリュパンの生みの親が書いていることもあって、ホームズはリュパンに裏をかかれてばかりいる。いつもの推理の冴えは無く、彼の行動はたいてい尾行によって謎を発見するという靴を履きつぶすやりかたの探偵術だ。ワトソン(ここではウィルソン)は登場するなり、リュパンに腕を折られてすぐに退場してしまう。いいところがない。読んでいるあいだ、あたしはいしいひさいち画伯のホームズ贋作譚を思い出しましたよ。愛すべき好人物ではあるが、やることなすこと間が抜けている落語の登場人物に成り下がってしまった。コナン・ドイル卿が激怒するのも無理はない。
 第1話「金髪の夫人」からそうで、冒頭は数学教授の家から古いテーブルが盗難されるところから始まる。すぐにリュパンの仕業とわかり、リュパンは当選金を山分けすることを提案するが、この貧乏な教授は拒否する。またとある男爵が殺されたり、そこから盗まれた青ダイヤがせりにかけられたりして、ことはこちらのほうに力点が移る。そして事件の関係者がホームズに調査を依頼することになり、おっとり刀でホームズ登場。フランス上陸直後のレストランで、ホームズとウィルソン、リュパンとその伝記作者がテーブルを同じにする。二人の駆け引き、見栄の張り合い、推理比べ、ここが全編のクライマックス。あいにくそのあとは尻つぼみ。どうも初期のリュパンものでは、冒頭の事件の関係者がいつのまにか姿を消し、途中でであった別の事件の関係者が叙述されるので、事件の一環性を追うのが難しいのだ(自分のようなぼんくらな頭の持ち主には)。ホームズはリュパンの隠れ家を見つけて包囲するものの、エレベーターの仕掛けで逃げられる(1880年代のエッフェル塔にはエレベーターがついていたのだが、1907年になるともう一般マンションなどのビルにもエレベーターは設置されていたらしい。ということは発電と送電のインフラがパリに届いていたということだ。電球は発明直後でまだ普及していないようだが)。
 第二話「ユダヤのランプ」は、フランスの男爵が宝石を入れたユダヤのランプが盗難されたところから始まる。ホームズに来援を求めると、すぐさまリュパンの手口と知る。その夜、賊が侵入し、ウィルソンは短刀で胸を刺される重傷。で、そのあとは屋敷の中での手がかりの発見、リュパンの一味の尾行、突然の死、リュパンとホームズの対決、逃走、解決と続く。ここでも事件がほったらかしにされて、リュパンとその一味がいかにホームズを出し抜くかについてが語られる。
 どちらも視点はホームズやガニマール警部の側にあり、リュパンの神出鬼没、恐るべき推理(なにしろホームズの「では、みなさん」の説明の直後に、リュパンから賞賛の電報が届くんだぜ)、一人二役の仮面劇を見ることになる。これはなかなかフラストレーションの発生することで、どうにも自分が馬鹿にされているように思ってしまった。のちに、視点をホームズのほうにおき、いかに犯人ないし悪役の罠を破るかということを物語ることに変更することになった。たぶんそちらのほうが作者の資質にあっていて正解だ。
 ここではリュパンの恋慕と失恋というテーマは現れていない。神出鬼没、悪魔も恐れる英知の持ち主という設定では恋愛劇に登場しても観客、読者の共感は得られないからかしら。このあと、窮地に立つリュパン、タイムリミットにあせるリュパンが描かれるようになり、それだとラブロマンスの主人公にふさわしくなる。しかも彼の恋愛はほとんど成就しないのだし。ラブロマンスを読むのであれば、1920年代の作がいいのかな。「八点鐘」「緑の眼の令嬢」あたり。