odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「奇巌城」(創元推理文庫)

ル・アーブルの海岸にそびえ立つ、無気味な古城、その中に千古の歴史と伝説を秘めて眠る巨万の財宝! フランス大革命に断頭台の露と消えた王妃マリー・アントワネットが書き残した紙片の謎は、とめどもなく拡がって、リュパンと17歳の少年との暗号解読の競争が始まる。リュパン・シリーズ中、一、二をあらそう出来と定評のある代表作!
奇巌城 - モーリス・ルブラン/石川湧 訳|東京創元社

 リュパンシリーズではあるものの、リュパンの冒険を描かない。これはモーリス・ルブラン「オルヌカン城の謎」(創元推理文庫)以来ではないかな(初出の逆順に読んでいるのでこうなった)。リュパンはほとんど登場しないで、主人公の邪魔をすることに徹する。で、主人公はイジドール・ボートルレという高校生。いまどきの高校生にくらべるとませていて大人びているね、恋愛体験は少なそうだ。この少年はとても頭がよくて、本職の警官(ガニマール警部ですら)を凌駕する推理と大胆な行動力(大人の振りをしたりイギリス人に変奏したり)を発揮する。そのために予審判事フィユールは彼に捜査の極秘情報を教えて、彼の才能に頼るまでになるのだった。この小説はたしか小学生で読んだのだが、このような天才少年の存在にはあこがれたものだったなあ。これに比べると、江戸川乱歩の小林少年はまじめがとりえの愚直さが鼻につく(とオジサン化した感想を書いてしまう)。
2014/06/17 江戸川乱歩「怪人二十面相」(講談社文庫)
 さて、例によって田舎の素封家屋敷に賊が忍び込み、周辺の教会その他から大量の美術品が盗難にあうという事件が起こる。賊は律儀なことに精巧な模写を残していたので、誰も事件がおきたことをしらない。ボールトレの慧眼のみが事件を発見する。
 さらに、素封家のお嬢さんレーモンドが誘拐され、一枚の紙が残される。数字と記号だけで書かれたその文書の意味するところはわからない。ボールトレはこの事態に会って、頭脳を酷使する。恐れ入ったことにこやつは自分の推理が現実と合わなかったとき、現実のほうが間違いだとのたまう。これは科学的な態度、理性的な判断ではないので、よい子はまねしないこと。事件の謎をとき、「さて皆さん」を演じようとすると、そこにはリュパンは先回りしていて、若者を愚弄する。事件が進むのは文芸学士院会員マシバンなる人物が古代の秘宝のありかを示唆するところから。なんと、その秘宝にはフランス革命の寵児がかかわり、さらにはイギリス人に惨殺されたジャンヌ・ダルク古代ローマの皇帝までがかかわっていたとされる。このあたりの歴史の深さは、フランスならでは。舞台になるのはパリ、その周辺になるのだが、ちょっと土地を掘ればローマ時代の遺跡が現れ、現代でも使っている建物の地下室が古代の館や教会の跡というのはざらにある土地柄なのだ(ユゴー「レ・ミゼラブル」地下水道もそう)。なので、密室状態からの脱出というのもこういう古代遺跡を登場さすと、容易なことになってしまう。というのも、記号と数字の謎の文字は古代に作られたもので、今では誰の所有と確定することのできない膨大な宝のありかを示したもの。解読した言葉のさすところは、海岸沿いの辺鄙な町にある古代遺跡をさしている。ボールトレはポオ「黄金虫」よろしく謎をとき、封印された部屋をあけた。そこにまっているのは・・・
 ここでのリュパンは嫌味とケレン味をたっぷりつけた悪役に徹している。彼はボートルレの捜査を妨害するために、父を誘拐するわ、ガニマール警部に加え英国から派遣されたホームズ(ヘルロック・ショルムスの変名を使っている)を誘拐するわ、レーモンドばかりかその息子も誘拐するわと、目的のためには手段を選ばない。だからこそ、ボートルレの真摯さが引き立つわけだ。一方で、そのような「悪」を体現している男がアンチヒーローとして、夜郎自大になることを防ぐために、作者はリュパンに多大な財産を失うことと、結婚したばかりの新婦に死を与えることを躊躇しない。これによって、リュパンは悲劇の王に代わり、棚ボタで勝利を得たボールトレは二度と登場しないことになった。あと、1910年当時の最新兵器である潜水艇リュパンは所有していた。1903年の2 押川春浪「海底軍艦」(ほるぷ出版)にも登場するとはいえ、そろそろ実戦配備されるかどうかというころに個人で所有するのはすごい。
 初出が1910年なのか1912年なのか判然としないが、初期リュパンの傑作のひとつ。このくらいのサイズだと筆が踊るねえ。