odd_hatchの読書ノート

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坂口安吾「不連続殺人事件」(角川文庫)

 今回読み直した角川文庫版には、高木彬光の解説が載っていて、これが探偵小説として読んだときのポイントをしっかり収めたすぐれもの、および遺作「復員殺人事件」を補筆したときの記録も書いた重要文献。なので、初出挿絵付きの創元推理文庫版とともにもっていてもよい。なお1970年代の古い版の表紙はATGの制作した映画の一場面で、少年が書店のレジに持っていくにはちいとばかし恥ずかしく勇気がいるのだった(夢野久作ドグラ・マグラ」角川文庫と双璧)。

 昭和22年の夏、歌川財閥の御曹司・一馬に誘われて「私」は妻と巨勢博士をつれてN村の屋敷に赴いた。一馬は「私」夫婦だけを招待したのに、なぜか作家に詩人に画家に弁護士に医者にとひとくせもふたくせもある奇矯な人物が総勢20人くらい集まっていた(屋敷の使用人を加えると30人近く)。財閥の御曹司は鷹揚なところをみせ、全員そこに宿泊することになったのだが、さっそく翌日には作家の望月王人が刺殺、続いて一馬の係累の珠緒が死に、王人の葬儀から戻る途中で同時に看護婦・千草も行方不明になる(のちに死体で発見)。酒乱の画家・土居があやかと大乱闘を演じた翌朝、セムシの詩人・内海が刺殺されているのが発見される。数日後には、土居に配られたコーヒーを加代子と交換すると、加代子は青酸カリで毒殺された。あわせて当主の老人・歌川多門も毒殺。宇津木秋子(どういう職業だっけ?)も滝つぼに投げ落とされて溺死。もともと一馬のところには奇妙な犯行予告というか脅迫状が着ていて、気にしているところ、「8月9日宿命の日」という張り紙がでた。警備を厳重にしている中、一馬夫婦の寝室に賊が押し入ったか暗闇の乱闘騒ぎ。明かりをつけると一馬は服毒自殺を遂げたと見える。
 なにしろ300ページ強の短さの中で7人もの死者がでる*1。ひとつひとつの事件が詳しく調査された形跡はなく(というか関係者である作家の「私」には報告されなかったのだろう)、誰にはコンなアリバイがある、いやアタシはあのときこういう人がアソコにいるのをみたとか、そんな過去情報はほとんど描かれない。あれよあれよというまに事件が伸展していき、しかも登場人物の多さに根を上げて何がなんやらわからないまま、ページがすっとんでいく。なので、巨勢博士の「心理の足跡」に驚愕することになるのだ(とはいえ、雑誌連載中の「読者への挑戦」でしっかり真相を見抜いた人が三人もいるし、都筑道夫の夭逝した兄もまったく同じ指摘をして犯人を当てたというから、スゴい人はいるもんだ)。
 通常指摘されるのは、
1.奇妙な犯人は奇妙な人物の中に隠せ → 20名を越える「芸術家」がそれぞれ角つき合わせたり、アイビキに誘ったり、乱交まがいの事態になるなど、現実離れした状況を現出。
2.連続しているのか不連続なのか。殺人の動機がなにかを隠すための殺人が行われている
3.犯行のチャンスがないと知らしめすためのトリック
 あたりかな。これはちゃんと高木彬光の解説にのっている。
 ついでにいうと、この事件が「私」=矢代なる人物によって書かれた手記であることに注目。なるほど作家は心理の大家というにふさわしく、とくに会話の描きがうまい。人物の外見描写はないにもかかわらず、その人物や表情までが会話の妙によって彷彿してくるのだ。まあそれはよいとして、この書き手は実はひどく不正直ないし不誠実なのだ。すなわち、総勢20人以上の登場人物だけでも名前を覚えられないのに、愛称を使うものだから人物はその2倍くらいいるように思わせる。では誰がダレかを確認しようかとして第1章を読みなおそうとしても、こちらは警察調書か論文のように味気なくしかも改行をいれない文章で書かれ、しかもコイツとこいつは過去に関係があって今は別のこいつとつるんでいるとかで人物関係の錯綜具合ったらない。その関係は第2章以降の事件の描写ではまず繰り返されないのだから始末に終えない。さらに客観性を保持する意欲などどこにもなく、平気でコイツは薄気味悪いとか、彼は陰険だとかと書くのである。もちろんこれは読者の思い込みに拍車をかけるための手法なのであって、これも始末に悪い。この小説では巨勢博士が印象薄いといわれるけど、それ以上に「私」のほうが影が薄いのだよ。
 この探偵小説の錯綜というのは、犯人の用意シュウトウさによっているのだが、書き手のいい加減さ(なのかイジワルなのかは知らん)にも一因がある。
(流行作家安吾は、字を知らなかったかジビキをひく時間を惜しんだかクセなのか、漢字をしばしばカナで書く。それが安吾の文体の独特さを示している。この感想でマネしてみたがいかがかしらん。)

    

*1:ほかのblogには「8人」と書いてある。メモを取っていたのになあ。自分で書いたサマリーで数えなおしたら8人だった。ごめんなさい。