odd_hatchの読書ノート

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坂口安吾「坂口安吾全集 12」(ちくま文庫)-「明治開化安吾捕物帖」1

 ちくま文庫坂口安吾全集から第12巻。ここと第13巻には「明治開化 安吾捕物帖」全作が収録。創元推理文庫、富士見文庫は抄録なので、これは助かる。昭和二十五年から二十七年まで、新潮社の雑誌「小説新潮」に連載されたとのこと(この連載のために同時進行していた「復員殺人事件」が中断されたままになったらしい)。
 洋行帰りの紳士探偵、結城新十郎がシリーズ探偵。隣人の剣道道場主・泉山虎之介が新十郎にライバル心を持って、事件に首を突っ込み、勝海舟に報告する。海舟は聞いただけで心眼を働かすが、ほんのちょっと推理が足りなくて、新十郎が解決する。こういう形式に則って進めるはずであったが、後半には海舟は登場しなくなる。
 タイトルのまえに★がついているのは、「日本探偵小説全集10 坂口安吾編」(創元推理文庫)に収録されたもの。

★舞踏会殺人事件 ・・・ 政商・加納屋で仮装舞踏会を開くことになった。娘が泰西名画の美女に扮して階段を下りるところ、壺から蛇が現れる。そこに注目が集まった時、雲助に仮装した当主が二三歩泳いだかと思うと崩れ落ちた。腹には小柄が深々と刺さっている。遅刻してきた当主はおちゃずけを掻っ込んで入ってきた矢先のこと。この謎の前に、X国とZ国が加納屋に出資するややこしい話があって、丁寧に説明しようというサービスが話をこんがらがらせる。

★密室大犯罪 ・・・ 小間物屋の主人が土蔵の二階で殺されていた。古い番頭を解雇したのだが、次のはできがよくなく、その下のは不正をした上に妻と不倫関係にあった。古い番頭を呼び返そうとした矢先のこと。土蔵は鍵がかかっていたが、釘でこじ開けられるのが後でわかるという中途半端なもの。ここでは動機から犯人をみつける。

魔教の怪 ・・・ 新興宗教の天王教では、ヤミカケという信仰強化の儀式を行っている。真っ暗な中にると、巫女がトランス状態になり、オオカミの遠吠えが聞こえ、天王に指名された信徒が喉笛を噛み聞かれる。失神しているだけで、のちに起き上がる。でも、ここ最近で3人がのどを噛み聞かれ脇腹を刺されて死んでいるのが見つかった。江戸から明治に世がかわるときには新興宗教が多数発生。それを背景にしていて、跡取りなどの後継争いが複雑にからむ。

★ああ無情 ・・・ 貿易で金を持った侯爵が妾を囲っていた。妾には大学生と文学青年が熱をあげていた。侯爵の妾になったのが分かったあと、学生は女剣劇の役者に入れ替える。さて、その妾が行李に死体になって詰められた。その直後に、侯爵は失踪、のちに絞殺死体で見つかる。

万引一家 ・・・ 新興成金の家は奇妙。前の当主は自殺。奥さんと娘は万引き常習犯。長男は海外逃亡、次男は薄バカ、三男は皮肉屋。長女が出入りの医師の息子と結婚が決まった時、医師ともう一人の出入りの男が崖から転落死。二人はこの成金の弱みを握っていてゆすりたかりをしていたらしい。遺伝他の扱いが今日的でないのでアウトです。解決編はなかなかの出来だっただけに惜しい。

血を見る真珠 ・・・ 印度洋の木曜島に真珠貝の宝庫を見つけ密漁にでた。巨大な真珠二個を発見したが、その分配の前日、船長が部屋で殺され、潜水夫のひとりが溺死、真珠二個が盗まれる。帰国後、主な関係者が集まって、犯人捜しの会が開かれた。新十郎、話を聞いただけで犯人を当てる。小栗虫太郎「潜航艇『鷹の城』」みたいな謎なのに、これはどうにも味気ない。

石の下 ・・・ 江戸に新政府軍が攻めてくるかと思われる頃、川越の碁打ちに江戸の町人が挑戦する。町人がさんざんにまかされたとき、夜食のうどんを食べている最中、頓死してしまった。以来、家の金の行方が不明になって20年。居座った新宗教の大元が当時の事件を再現しようかということになった。町人も呼ばれたがぞんざいな扱いを受け、あまつさえうどんを食っている最中に毒殺されてしまう。真相は、「心理の足跡」ともいうべきささいな一点。

★時計館の秘密 ・・・ 小心者の旗本、悪友に誘われて戊辰戦争で松島に逃れる。そこで商家に助けられたが、押し付けられたのは淫蕩な娘とその母。ようよう財を成して逃げたものの、没落した一族の娘と母は旗本に押しかけてくる。とうとう離縁の話を切り出そうというときに、娘と母は行方をくらましてしまった。「日本探偵小説全集 10」(創元推理文庫)の都筑道夫の解説によると、東京の貧民窟の描写は横山源之助の「日本の下層社会」に基づくとのこと。

覆面屋敷 ・・・ 神主の一族がある。過去に後継者を決めるごたごたがあり、継承者の順位が混乱していた。当主は覆面をいつもかぶり、第一後継者は持病のために座敷牢に閉じ込められている。第二子の懐妊がわかり、一族の若者らがコクリサン(内容は降霊術)をするとお告げは「キョウシヌ」。火が出て、当主と第一後継者の死体が見つかり、第一後継者の弟が失踪する。学術に打ち込む決意にある学僧は「生きることは簡単だが、死ぬのは難しい」と謎めかす。

★冷笑鬼 ・・・ 零落した旗本。吝嗇なうえに他人を苦しめては悦に入る。実子ほかに互いに相争うような遺産相続を決める。その夜、相続人といっしょに部屋に閉じこもり閂をかけて寝たところ、翌朝、視察されているのが見つかった。家の出入り口も閉ざされ、二重の密室になっている。この陰険で冷笑な男(被害者)にはまったく同情もできないが、事件に至るまでの因縁話がくどくて、わかりにくくて。

稲妻は見たり ・・・ 雷嫌いの家があり、大雷のなった日に、女中が失踪した。家宝が壊されている。番町皿屋敷が頭をよぎり、警官を呼んで井戸をさらわせたが何も出てこない。このあと、面倒くさくなって、すっとばしました。


 どうして作者はややこしい人間関係を味気なく書くのかなあ。ふつうの探偵小説と書き方が逆。通常は、事件が起きて関係者のドラマが終わってから、物語が始まり、過去の因縁にまつわる証拠を探す。ところが、ここでは過去の因縁から話が始まって、事件が起きたときに、語りが終わる。ドイルの「緋色の研究」「四つの署名」は前半が探偵小説、後半が冒険小説という構成になっているが、この安吾捕物帖ではそれがさかさまになっていると思いなせえ。クリスティに「ゼロ時間へ」という事件が起こるまでを書いた小説があるが、まああんな感じだ。その書き方も独特で、草紙とも警察の調書とも思えるおよそ退屈な文章でたんたんと語られる。人間関係は複雑でひとつの事件に十数人の関係者が現れ、それぞれの現況、思惑、性格が書かれる。このリアリズムの書き方はつらい。
 解説によると、「万引一家」から具合の良い書き方を見出したというが、その時代にはあっていたのかもしれないが、今日読むには厳しいな。