odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

坂口安吾「坂口安吾全集 13」(ちくま文庫)-「明治開化安吾捕物帖」2

 つづけて後半。このころには狂言回しの虎之介や海舟はほとんどでてこない。
 タイトルのまえに★がついているのは、「日本探偵小説全集10 坂口安吾編」(創元推理文庫)に収録されたもの。

愚妖 ・・・ 静岡の国府津あたりの山の中。小田原の遊女屋の亭主が鉄道事故で死に、ライバルの遊女屋の主人も牛の角に割かれて死んでいた(体が横になっているのを突かれて、さらに口に土が詰まっているという奇妙な状態)。容疑者は、ナガレ目という山の中で不法なアルバイトをしている(炭焼きはご法度な時代)。それを見とがめたカモ七にオタツの夫婦。過去に彼らはいさかいを起こしていて、カモ七とオタツはナガレ目に嫌がらせをしていた。被害者のことが書かれず、容疑者の過去ばかりが書かれて、なんだかよくわからない事件。

幻の塔 ・・・ 金の延べ棒を持ち込んで道場主に収まったと噂される島田家。婚礼があるとかで増築を始めたが、奇妙なことに障碍者の大工しか雇わない。隣の生臭坊主は脛に傷ある男に潜入を命じ、寺と増築の邸に抜け道をつくらせた。婚礼の翌朝、抜け穴の床収納部屋で坊主の死体が見つかった。せっかく脛に傷ある男の造形が面白かったのに、事件に関係しないのがもったいない。

ロッテナム美人術 ・・・ 大友侯爵家の末裔、宗久に「御病気」発病。3人が一人であるといいだし、とくに夫人と侍女二人の三人が同一人物であるといいだす。衰弱激しいところに、三人が同時に姿を見せると、宗久は卒倒した。兄思いの妹勝子は三人がロッテナム商会の香水をつけているのが気になる。ロッテナム商会は一か月営業したが不評のために消えていた。さて、何が起きたのでしょう。家族の側から書くともたもたするなあ。

赤寅 ・・・ 江戸の豪商、店を大きくしたが、息子が病弱。早めに嫁を取らせて、孫が生まれた。ところが松茸に混じった毒キノコで頓死してしまう。そこで厄払いに生前葬儀を行うことにした。棺桶にはいって火葬にされたが、ひょいと生き返る趣向。しかし、棺桶は炎上し、死体がひとつ見つかる。信頼していた番頭は不正が発覚し、その日から姿を消してしまう。衆人環視の棺桶からどうやって脱出したのか。

家族は六人・目一ッ半 ・・・ アンマの師匠、3人の弟子をとる。ケチな妻と美貌の養女。最近、江戸は按摩の数が増えて見入りが少なくなったので、養女に腕の良い按摩を迎えようと考える。ある夜、妻以外が全員外にでたとき、妻は殺され、床下に隠してあったへそくりが盗まれていた。全員仕事中だった。さて、だれだったでしょう。アリバイトリックの妙。

★狼大明神 ・・・ 息子が店を管理すると売上が伸び、父は肩身がせまい。酒におぼれているところ、大加美明神の祠に父の位牌がある。ある日、父は猿田神の面をかぶり、矢を胸に刺されて死んでいた。狼稲荷の祟り。ということで、父の出生地で10年前におきた同様の事件を調べる。なんで、これが創元推理文庫の選集に選ばれたのかね。

踊る時計 ・・・ 骨董好きの富豪が体を壊して引きこもりになる。食い詰め物の弟を看護婦に介護をまかせ、後妻には手も触れさせない。新宗教にいれあげた長姉とは会おうともしない。珍品を持ってくる骨董商に会い、銀行に五萬円(明治の半ばであって現在価値では数億円か)を引き出させた。その日は呼び出しのオルゴールが鳴っても鍵が盗まれて中にはいれず、食事をとらないので、夕に押し入ると殺されていた。

★乞食男爵 ・・・ 問屋商売の男、インチキにひっかかって破産する羽目に。娘を嫁に出していた貧乏男爵はさらに毟ろうとしたが、何も出てこない。明日、家探しするぞと言い立てた後、失踪してしまった。その夜、女相撲の力士が謎の女性に深夜、大石を動かすアルバイトをしている。この貧乏男爵はほかの男爵家をゆすってもいた。事件の全貌をつかむのも難しいが、ここではみごとにまとめた。

★トンビ男 ・・・ 厳冬期に川端でバラバラ死体と見つけた楠巡査。胃にタケノコがあるところから調査を開始すると、歩高利貸しに行きつく。その家では1月晦日の妻の命日に、好きだったタケノコ料理をふるまって故人をしのぶ。しかし参加者には死体の該当者がいない。過去に息子が勘当されたり、ぐれていたりするのでその線か。巡査の調査は行き詰まるので、新十郎に相談する。お、これは書き方が新しい。ほぼ唯一の佳品。


 虎之介や海舟が消えて、事件は三人称無視点の調書のような味気ない文章で報告される。それも事件が起きたところからではなく、家族や一族や会社の成り立ちから。これがまたくどくて七面倒くさくて。離婚-結婚を繰り返したり、兄弟姉妹の因縁にその息子や娘、さらにはその配偶者に女中や下男、出入りする得体のしれない連中まで説明する。ひとつの事件に月関係者は十数人もいるだろうか。たかだか50-60枚の小さなサイズに、歴史や因縁と関係者を詰め込む。そのうえ事件には直接関係しないが、事件に使われた連中のことまで詳細に書かれる(「幻の塔」の大工や「乞食男爵」の女相撲など)。事件に関係するものとできごとに優劣をつけずに、おなじ丁寧さで物語る。いやあ、事件の概要を知るのも大変そのうえ何が事件の鍵かも見えてこない。とても大変な読書でした。
 そのうえで、作者の意図は犯人当てに執着。ときに、解決編の前に「犯人は誰でしょう」と読者にと問いかけたりもする。なるほど、作者のもくろみは20世紀初頭の短編探偵小説黄金時代の再現か。
 とはいえ、目論見とおりの驚きがあるかというとそうではない。でてくる人物は封建時代を引きずっているような人たちなので、自我とか個性などはない。いくつかの属性や性格を付与された記号のごとき人物。「こいつが犯人だ」と見えを張られても、「え、だれ」と肩透かしを食らう。探偵小説の犯人になるには、近代的自我をもっていて、「おれが」「私が」と存在を主張していないといけない。それがないからねえ。
 この書き方は最後の「トンビ男」で変わる。ここでは楠巡査の捜査が時系列で語られ、そこから高利貸しの一族の異様さと事件の前後の不可解さが立ち現れてくる。この手法はハードボイルドに酷似。意図せずして、当時(1952-53年)の最先端と触れ合ってしまったわけだ。ここは新しい。でも、作者はその先に行くことなく、筆を閉じてしまった。惜しい。