odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トーヴェ・ヤンソン「ムーミン谷の夏まつり」(講談社文庫) ばらばらになったムーミン一家はいかに孤独を克服するか。もっとも自由なスナフキンが子どもを束縛する教師になるという逆説。

 その年の夏のムーミン谷はとても暑く、しかも休火山が活動を開始していた。ムーミントロールスナフキンが帰ってこないので不満気味。スノークのお嬢さんはムーミンの気を引こうとするが失敗してしまう。ある蒸し暑い夜、不気味な地鳴りと地割れが起こり、村の住民全員が目をさましてしまう。翌朝になると、川の水位があがり、谷は水没してしまう。この描写にはいろいろ不満はあるが(「現実はこんなものではない」云々)、置いておこう。トロールとパパは水没した一階の台所からジャムやパンやコーヒー豆を回収して朝食に。しかし水位はさらにあがり、家全体が水没してしまいそう。そこに不思議な家が流れてきて、一家はそちらに移って、漂流を開始。その家は、たくさんのドレス、たくさんのカツラ、たくさんの使えない食器、紙に書いた家具、回る床などを持つ不思議なところ。さて、ある夜、ムーミンスノークのお嬢さんは木の上で眠ることにしたが、その間に固定していた家のもやいが外される。床にあいた穴を眺めていたちびのミイはおっこちてしまう。

 ここまでの主題は、孤独とその克服かな。水につかった家に、ミーサとホルサという兄弟?姉妹?がくる。ホルサは見栄張りでわがまま、ミーサは内向的で臆病。ミーサはだれにあってもいじけてしまい、泣き出していしまう。あるいは、はぐれたムーミンたちとあったフィリフヨンカ。一人暮らしで友達もいない生活で、毎年夏まつり(夏至祭だな)にいとこを招待するが、だれも来ることがない。今日も一人で泣いている。こういう人たちの孤独がひどく身に沁みる。あるいは、化け物屋敷の住民(実は劇場ねずみ)のマーサもまた、舞台監督を事故で亡くしてからは誰も使わない劇場の掃除をしているだけで、他人が容喙してくることを拒否している。ここらへんのコミュニケーション不全を起こしている人たちがたくさんいることに注目。(ヤンソン女史はオールドミスの描写がうまい)。
 さて、話は3つにわかれる。ムーミンスノークのお嬢さんはフィリフヨンカの心残りをほぐし(「来ない人のことを考えるのをやめたら?」)、両親を探す旅にでる。しかし公園で就寝中、管理人に捕まる牢獄に。ちびのミイはスナフキンと出会い、スナフキンが公園の立札(「するべからず」と書いてある)を壊すのを助ける。ニョロニョロは種をまくと生えて、電気を発するのは知らなかった。禁止の立札でなにもできなかった/破壊された後もなにもできない24人の孤児をつれて旅に出る。劇場に残ったパパとママほかの住民たちは劇場ネズミの協力で劇をつくることにする。劇場ネズミは「運命の夜、運命の夜」と舞台裏で歌う役。まるで「マクベス」の魔女だな。で、夏まつりの夜、湖水に浮かんだ劇場で初演することになり、ムーミンスナフキンがパパやママと再会できる。
 もうひとつの主題は「規律と規則」だな。公園の看板「するべからず」はソクラテスの戒律であり、ニーチェによるとその不自由さは哲学が人類にもたらした災厄である。「するべからず」に依拠して生活している登場人物たち(孤児に、劇場ネズミに、ミーサに、公園の管理人)は、はためには不自由な生活をしているのに、本人はそのことに気づいていない。ムーミン一家とスナフキンが彼らの生活に侵入したり、同居することですこしずつ彼らのこころの凝りがほぐれていく。その主要な力は、ムーミンママの母性。彼女はアドバイスしないで、単に生活をきちんとしながら、自分のやりたいことを少しだけ実行する姿を見せる。カウンセリングやコーチングよりももっとひそやかなやり方。逆に自由人スナフキンが24人の孤児の面倒を見なければならなくなったとき、教師に似た振る舞いを見せるのが面白い。
 1954年の初出。年が年だけに、洪水や規律ばかりの社会がフィンランドの隣国を象徴しているようにも思える。自然災害に一家の離散、行く先々での敵意とか無関心との出会いなど、どうにも暗いところが目に付いてしまう。そうはいっても、一皮むけばだれもが親切だし、いっしょに飯を食うと仲良くなれるというのは救いなのだろうな。10歳の前後で読んだときには、話が複雑でよく呑み込めなかった。



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