odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

トーヴェ・ヤンソン「たのしいムーミン一家」(講談社文庫)

 第2作。彗星事件(事件の詳細は「ムーミン谷の彗星」を参照)の翌年、冬眠から覚めたムーミン谷のお話。彗星事件でムーミン谷に逃れたヘムレンさんやじゃこうねずみもいるし、スナフキンも旅には出ていない(途中で出立するが)。お話は、ムーミンが遊びに出かけたスニフたちと大きな黒いシルクハットをみつけたところから。奇妙なシルクハットはパパには大きすぎるのでゴミくず入れに使っていたが、そこに何か投げ込むと正反対のものに変わってしまう。一度はムーミントロールがおかしな子鬼のようになってしまって(なにしろ大きな鼻に小さな耳と尻尾を持っているムーミンが正反対になるのだ)、みんなが大騒ぎしているのに、ママだけはじっと見つめて「あなたはたしかにムーミントロールです」と見抜いて元通りに。夏にはみんなで孤島でキャンプ。巨大魚を釣ったり、シルクハットに投げ込んだ種子が芽生えてできたジャングルで遊んだり。秋にはトフスランとビフスランが大きなトランクといっしょに谷を訪れ、それを追って飛行鬼(ヒコウオニ)がやってきたり。冒険はあっても、命を落としそうになったり、家族がばらばらになったりすることはないので、シリーズ中ではもっとも明るいものになる。のかな。

 大人の視点で読むと、この小説の主題は所有。ありていにいえば物欲はどこまであればよいのか、それは人生にどうかかわっているのか、ということ。多くの登場人物が物を所有することに取り付かれている。いくつか箇条書きにすると
・切手集めをしていたヘムレンさんは不機嫌。なぜかというと世界中の切手を集めてしまい完璧なコレクションを作ってしまったから。その後なにをしてよいのかわからない。
・会話できないニョロニョロは孤島の真ん中の空き地に気圧計を祭っている。ヘムレンさんが勝手に持ち出した後、彼らは取り返しに来たのだった。もちろんニョロニョロは気圧計を読めるわけではない。では、なぜ持つことを望むのだろう。
飛行鬼は長年「ルビーの王様」を探していた。巨大で、中に炎が詰まっているという巨大な宝石だ。それはかつて地上にあったが長年見つからないので、飛行鬼は月を探している。でも本当は太陽の中にあると信じているが、あまりの暑さにいくことはできない。つまり、見つからないもの存在しないものを求め、探しているわけだ。そのために彼は孤独である。
・「ルビーの王様」はモランという老婆というか女性の悪霊の持ち物。彼女はあまりに孤独なので、周囲の気温を下がらせ、地面を凍りつかせてしまう。その彼女は宝石を持っていることが存在証明みたいになっている。なので、トフスランとビフスランが彼女から盗み出したとき、人前に出ないという禁を破って取り返しに来る(結局、飛行鬼のシルクハットと交換して事なきを得る)。
飛行鬼は自分の欲望のために術を使うことができない。人の望みをかなえるためか、自然を改変することにしか使えない。だからトフスランとビフスランが「あなたのために『ルビーの王様』と同じ宝石と作って」という彼らの願いを聞いて、にんまりする。この微笑の意味は難しい。ようやく欲望をかなえたことに対する満足か、そんな簡単なことを思いつかなかった自嘲か、欲望が満足された後なにをするのかわからない当惑か。
・「すべてがむだであることについて」という本をよんでいる不機嫌なじゃこうねずみ(うーん、ハイデガーかシュペングラーか)はその本が失われそうになるとき、返してくれと願う。まあ、ディオゲネスも住処の樽は必要だったから仕方ないと理解するが、言行不一致だな。
 まあ、こんな感じに所有の欲望のいろいろな形態が描かれる。その対極には、所有欲のないスナフキンがいて、家族のためのわずかな有用品で満足するムーミン一家がいて、こどもっぽいものばかり欲しがるスニフに、かわいいもの・きれいなものを自分のためにほしがるスノークのお嬢さんがいて、さあ、いったいどこに幸せがあるのでしょう、と問いかけがあるみたい。スナフキンに憧れるといきがっても、実際はスニフやヘムレンさんのようにガラクタをためこんでいるのだよなあ、自分らは。