odd_hatchの読書ノート

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アーシュラ・ル・グィン「所有せざる人々」(早川書房)-1

 テラから11光年離れた二重惑星アナレスとウラス。ウラスは水を多く持つ生物にあふれた惑星で、人類に似た知的生命が開発している。アナレスは砂漠ばかりの荒れた惑星で、170年前にウラスの入植者が開拓をしたばかり。アナレスの入植には因縁がある。ウラスでは貨幣経済と資本主義が発達していた。そこでは格差と階級が厳然と存在し、貧者や貧国は苦しい生活をしていた。170年まえにオドーという女性が社会主義革命の思想を発表し、広範な支持を得た(「革命前夜」@風の十二方位)。オドーの死後、オドー主義者はストライキその他の運動のすえ、政府と敵対。結局、多数のオドー主義者が惑星アナレスに行き(それまでは鉱山開発くらいにしか利用していない)、独立することになった。わずかな貨物船による交易があるくらいで、ほぼ絶縁状態になっている。
 このアナレスの社会は国家を持たない。小さな共同体が自主管理、自力更生をめざしている。いわゆる企業やビジネスはなくて、公共サービスは各員が交代で担当する。いくつかの分野で惑星を横断する組織があるが、決定の範囲は小さく、具体的な活動は共同体の全員参加の民主主義で決定される。労働時間は一日4時間。その仕事は管理局に申請して自分の希望に合うものを選ぶことができる。まあ、労働が極めて小さく、活動に多くの時間をさいているわけだ。ただ、砂漠で水に乏しいアナレスでは飢餓や干ばつが頻発するので、十分な資本や資産を持つことはできない。そのために、多くの人は農業に関与している。生活においては、共同生活が基本。個室は惑星全体のまずしさのためにまず与えられず、衣服や家具、生活用品は配給品を使う。公共サービスに必要なものは共有になっていて、土地も個人で所有できない。ここらへんはオドー主義が徹底していて、人々は(個人)所有する欲望を持たない。そこからタイトルの「所有せざる人々」がでている。

 さらに、性と家族に関する考え方も興味深い。すなわち、女性の社会参加は当然の前提。すべての職業において女性が締め出されることはない(まあ仕事の内容によって男女比が現れるところがあるが)。そこは徹底している。そのうえで、性は個人の意思に任せられる。思春期から男女の意思があえば、性行為は行われるし、むしろ奨励されている。それは成人後(選挙権や被選挙権などはないわけで、読者の社会の「成人」とは意味が異なる)、パートナーとの共同生活を営むためのOJTみたいなものだ。そのうえ「結婚」という制度はない。子供は乳離れするころから養育所で集団生活を開始する。そのころにはパートナーの共同生活が終わっている場合もある。
 19世紀の社会主義思想は、社会の階級を解消するところまで進めた。アナレスではさらにすすめて、労働と家族を廃止している。その前提になるのは、貨幣経済と資本主義の廃止。人間の欲望をそれぞれはコントロールすることが必須になるので、社会教育がいたるところで徹底している。資源の乏しい中、オドーの本は皆によく読まれ、その思想は皆が共有している。それらを総合すると、アナレスの人々が「ユートピアの住民」を自らを規定するのはよく理解できることだ。
 ただ、この本で漏れているとすると、この社会主義は干ばつと飢饉が頻発する非常時が常にある社会でおいて成り立っているというところ。ときに非常設の委員会やシンジケートが食料や資源の配分を行う。子供、老人、病人、妊婦などには優先される平等性が確保されている。このような事態は、読者の住む現実世界でも起きたことがあり、戦時統制経済において、組織や国家が配分を決定する事態では、貧困においての平等が達成されている。では、分配する資源や生産物が豊潤にあるとき、この社会主義が成り立つかはまだ考慮されていない。社会がそこまで生産性を高めていないから。
(続く)