odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

アーシュラ・ル・グィン「オルシニア物語」(ハヤカワ文庫)

 オルシニアは東欧のどこかにある国。それは数百年の歴史を持っている。そのような架空の国オルシニアのできごとを書きつづった短編。タイトルのあとの年号は、その小説の時間を表している(発表年代ではない、念のため)。

噴水 The Fountains 1960年 ・・・ パリの学会の最中、細胞学の権威ケレス博士はふいに庭園で、亡命のチャンスを得た。追っ手はこない。時代はベルリンの壁が作られる前。ハンガリー動乱ポーランド蜂起などで東欧からの亡命者が多かった時期。

塚 The Barrow 1150年 ・・・ 山中にある豪族の家。派遣された司教がぶつぶつ嘆いている。その地はキリスト教に改宗したとはいえ、まだ異教の、森の神々も住んでいたから。長(おさ)の子供が生まれようとした雪の朝、長は司教を連れだす。こういう中世社会の心情というのはよくわからないなあ。彼らの住み村からは「マラフレナ」という山が見える。さて長編「マラフレナ」と関係するのかな(サンリオSF文庫は未読)。

イーレの森 Ile Foreste 1920年 ・・・ イーレの森の中に住むイレスカール。かつて妻がいたが、よその男と出奔してしまった。最近村に移住してきた医師の妹がイレスカールを愛するようになる。イレスカールの憂鬱さや孤独癖を危惧する医師はイレスカールに起きたことを調べる。プロットが「アッシャー家の崩壊」によく似ていて、でも主人の孤独や妄想の持ち方が違っていて、こちらはいかにも近代の物語。

夜の会話 Conversations at Night 1920年 ・・・ 戦争が終わり繁栄も終えた。町に職はなく、インフレが進む。兵士だったサンゾは地雷で盲目になり、年金生活をしている。彼の世話をするリシャは次第に魅かれていって、互いに結婚を意識するようになるが、両親他だれも承諾しない。時代の閉塞、自己の閉塞、未来の絶望。そういう閉じ込めにあって、苦悩する若者たち。たぶん1920年の東欧諸国の苦悩を象徴していると思う。

東への道 The Road East 1956年 ・・・ 若いイーレンタールは死んだ。そのことを受け入れるのが難しい。町は封鎖され、外に出ることができない。その鬱屈した心情。数人が口にする「世の中には悪いものはない」というのがとてもにがい。1956年はハンガリー動乱の年。

兄弟姉妹 Brothers and Sisters 1910年 ・・・ 田舎の採石場。それくらいしか産業のない町に、人々は住み、たいていそこから外にはでない。優秀な石切り工コスタントは他人を救うために落石に巻き込まれた。彼のもとにはある女性が来て看病し、あこがれもある弟ステファンは気に入らない。なにしろコスタントは何をしても弟より上をいくのだから。ステファンは女性の妹エカタとしだいに仲良くなっていく。兄弟や姉妹のコンプレックスの感情と、町の鬱屈が重なって、次第に人の心が荒んでいく。

田舎での一週間 A Week in the Country 1962年 ・・・ 大学生が夏の休暇で田舎に遊びに来た。ステファンは金髪のブルーナに魅かれ、婚約を決める。という甘いロマンスも、ステファンの祖父は1940年ころに収容所で死に父は1956年に処刑され、最近では亡命するための地下組織ができ、クラスメイトが秘密警察に射殺されるという状況の中では、厳しく、せつないもになる。友人の死を目前にして、それを誰にも伝えられないという苦渋。

音楽によせて An die Musik 1938年 ・・・ クラシック音楽のマネージャ(興行主)のところに、貧相な男が来て、作曲した作品をみてくれという。それは美しい音楽でマネージャは歌曲を書くように勧めたが、男はミサ曲を書くことを望み、しかし大家族を養うためにあくせくし、子供やラジオのうるささで書けないという。

「音楽はなんの役に立つのか(中略)音楽は何も救わない。慈悲深く、無頓着に、それは人間が自分たちのために立てるあらゆる避難所を、家を、否定し、打ち壊して、人間に空が見えるようにする(P278)」

という認識が悲しい。トーマス・マンが望むような芸術による社会革命はここにおいて挫折する。それにこの年代の直後のナチス侵攻に芸術は対抗できなかった。

屋敷 The House 1965年 ・・・ 14年前に結婚し8年前に離婚した30代半ばの女性が元夫の家を訪れた。彼は、かつては「屋敷(と呼ばれる出版会社)」の支配人だった。しかし、彼は解雇され収容所に入れられていた。二人の再開はよそよそしく、堅苦しい。設定された時代に、14年前、8年前を東欧の歴史に当てはめると、彼らに何が起きたのかわかるだろう。中年の貧しい生活と寒々しい心情はそのまま社会に重なる。

モーゲの姫君 The Lady of Moge 1640年 ・・・ モーゲのイサベラは若く、尊大さを示す美しい姫君。彼女のもとに一人の騎士アンドレが求婚したが、彼女は受け入れなかった。そしてアンドレはイサベラの城を攻める司令官になった。落城寸前のとき、イサベラの弟ゲオルグアンドレと講和を秘密裏に結ぶ。それから40年後の再会。人生は長く苦々しい。

想像の国 Imaginary Countries 1935年 ・・・ 中世歴史学の教授一家とともに、夏の休暇に来たジョゼフ。夏の終わり、彼らは帰り支度をはじめ、ジョゼフは教授の妻と語らう。ジョゼフはしばらく残ることになり、教授一家は町にもどる。この輝かしくもはかない夏の美しさは町に戻るころには消えるだろう。数年後には戦争が始まるのだから。


 東欧のいずこかにある国というのが絶妙。山岳地帯であることから生産性に劣り資本主義や近代国家の成立が遅れ、一方で民族の流入があったので文化の衝突があり、20世紀はソ連の影響で管理国家になっていた。ヨーロッパのなかの「辺境」になり、周辺国家の圧力を受けて、それに抗うには力が乏しく、辛酸をなめることになった場所。小説は現実の東欧諸国(オルシニアからプラハまで地続きのようだ)の政治状況が反映され、しかしびみょうにずれているので現実と幻想のあわいをさまようことになる。むしろ現実の国家や歴史よりも作家が創造したさまざまな辺境の惑星や都市に近いかもしれない。そのような場所でも、文化の衝突があり、苦渋や離別があった。そこらへんでこのカッコつきの「ファンタジー」も他のSF作品と同じ問題を共有している。
 まあ架空の東欧の国であろうと、想像の惑星であろうと、読者の隣りにいそうな人物が登場する。そこでの心情は「愛と喜び、自由と苦悩」(帯の惹句)。ほとんどすべての人が内省的で、行動において挫折し、希望を持つことがない。他者にコミュニケートを求めても、たいていはうまくいかないし、なにしろ政治や体制が人びとの自由な交通を疎外しているのだし。そういう閉塞感が小説の全体を覆っている。なかなか晴れ間が見つからない。
 それでいて、どこかすっきりした気持ちになるのは挫折や諦念の向こうにある「生」かな。「音楽によせて」の主人公のように、苦悩の果てにおいて現れる「すべてよし」の意識。「屋敷」の元夫婦の再開で互いの情念をぶつけ合った後の突然の和解。そういうきわめて小さな一瞬の向こうに「生」の甘美さが現れる。