odd_hatchの読書ノート

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武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-2

2016/05/17 武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-1 1958年 の続き。


 小説の語り手は佐伯雪子という27歳の画家。アイヌの画を書きたいので、池博士にくっついて、道内のアイヌの人々と会う。画を依頼した商工会議所のえらいさんに酷評され、完成した絵は翌日に切り裂かれる。統一委員会(池博士と一太郎)の悪口を方々で聞く。池博士の前妻から奇妙な賭けを持ちかけられる。一太郎の姉でキリスト教徒の中年女性から神の愛について話を聞く。捨てられた集落に住む老婆にアイヌの歴史を聞く。アイヌの出自を隠す網元から統一委員会の解体を要求され、その息子と一太郎が大ゲンカをする。マラリアで高熱を発した池博士(50代)にプロポーズされる。洞爺丸台風のなか一太郎と荒野の一軒家に難を逃れて、臥所を共にする。トウロの宿の主人で元アイヌで警官の男から一太郎から離れろと脅される。トウロの宿屋で大喧嘩に巻き込まれ、ベカンベ祭の前日には、網元に一太郎と池への強い内容の託を授かり、ベカンベの大祭の日に一太郎と網元の決闘がある。などそれぞれ関係のない事件がさまざまに雪子の前に現れる。ほとんど常に雪子は部外者、観察者なので(ただし池や一太郎と親しいので、いらぬ誤解を受け続けるのであるが)、和人とアイヌの対立と抗争には巻き込まれない。むしろ一太郎の姉ミツや池の前妻・鶴子らとの女同士のもつれた感情や三角・四角のもつれた愛憎関係がうとましい。いろいろな事件が同時進行するうえに、関係者がごく限られた些末な(と読者に思える)事件ばかりなので、全体の筋を把握するのがとても難しい。
 ただ、この小説に登場する人物は誰もが雄弁で長い話ができる。その長い長いおしゃべりにつきあっているうちに、なるほどこれはドスト氏の手法にならったものだと合点がいく。スラブの雄弁な人々が地上のことから形而上のことまで喋りまくるように、この小説の人物もしゃべりまくる。そこから見えてくるのは
・雪子にフォーカスすると、自分の芸術や学問の純粋さを確保することと政治行動の整合性をつけていくことの困難について。池や一太郎と行動を共にするだけで、非政治的であることができない。池も同様。そこをさまざまな大衆、労働者に突かれ反論できない。まずインテリ、芸術家の自立について。
・いくつかの三角・四角の関係が始まり、深まり、対立していく。池―鶴子―雪子、一太郎―雪子―鶴子、ミツ―先生おど(ミツの前夫。浮浪者)―一太郎。雪子は受け身で、周囲の関係者の多情多恨で巻き込まれていく感じ。その結果、戦前の家や親のしがらみのない自由な恋愛や性愛の姿を描くことができた(1958年初出なのに注意)。
・政治運動は「アイヌ統一委員会」というミッションやビジョンの不明な団体のありかた。それが引っ掻き回すことによって浮かび上がるアイヌのさまざまな思惑とか心情。文化を共有していながらも、経済や住まいや年齢や性別などで利害は一致しないし、共同体や組合にまとめれない。(圧倒的多数の和人と比較して)集団規模が小さいために、統一や再編や変更ができなくなってしまう。
・そこに和人による北海道の開拓史が重なる。和人の「植民地主義」政策がアイヌを分断する。自立か同化か。文化維持による貧困か同化による収入確保か。出自のカムアウトか隠しての同化か。混血も進行して、「民族」も観念のうちにしかないような状態であることも問題を複雑にしている。
・経済成長の波が北海道西部にも到達し、和人の労働組合の力を持つようになった。それらの政治経済団体と対立するか、「アイヌ統一委員会」のようなアソシエーションを目指すか。

2016/05/13 武田泰淳「森と湖のまつり」(新潮文庫)-3 1958年 に続く。


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