odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ガブリエル・ガルシア=マルケス「族長の秋」(集英社)-1

 長年人が寄り付いたことがなかった大統領府。そこに足を踏み入れると、牛やメンドリが建物の中を闊歩し、高価なカーペットほかの調度品を破壊していた。ある部屋に、大統領の死体があった。ハゲタカが腐肉をついばみ、腹の周りには海の寄生物が付着していた。大統領は長年その国に君臨し、権力を横暴に使っていたのである。死体を発見した5人(とそこに居合わせなかったひとり)が発見の模様から過去を回顧し、大統領の奇怪な人生を浮かび上がらせる。
 さまざまなひとの感想は読みにくいということだったので(あわせてひとつの章はひとつの文章だけで書かれているらしいという不確かな情報があって)、多少構えていたのだが、そんなことはなかった。多くの人物が登場するのと、語り手の地の文章が括弧もないまま誰かの独白に移り変わるのでいったいだれの語りなのかがわからなくなりそうなのと、ひとつの章には改行がないので読書のリズムをとりにくいのと(どこまで読んだのかわからなくなるのと)、カリブ海に面した中南米の習俗・人情に心覚えがないのと、まあそのあたりが読みずらさの理由かしら。これはメモをとれば解決すること(なので、これからの読者には推奨)。探偵小説読みだと、ストーリーを読みながら事件のプロットを再構成する作業をすることが多いので、読みにくさは感じないのではないかしら。ロス・マクドナルドの家族関係の複雑さに比べれば、こちらはまだ平易だと思うよ。

 大統領が死亡したときの年齢は150歳とも200歳ともいわれる。最初期のことを見聞している人はいないくらい。なので、この語りではとりあえず最近の100年くらいのことを描く。それでも最も若い時の回想ですら大統領は老年なのだ。全体は改ページでわかれた6つの部分からなる。翻訳からではちょっとわかりにくいが、語り手はそれぞれ異なっていて、年齢や階層や職業が違っているみたい。
 語り手は一人でしゃべりまくっているのだが、たぶん周囲に聞き手がいるという設定なのだろうね。彼らに正確に伝えようとして、最初のは大統領の死体の発見からしゃべりだす。そのうちに、死体の周囲にあるものに気づいてそちらに話題を移し、来歴などを語るうちに、時間は過去に向かう。このあたりの舌はなめらかで、達者な語り手。普段の小説と違うのは、大事な物語になると、慎重な描写と記憶をよみがえらせるために語りの速度はゆっくりになっていく(典型的なのは探偵小説の死体発見の場面)。ところが、この語り手は物語のクライマックスに近づくと、がぜん喋りが速くなり、エピソードを頻繁に交代させる。語りを加速するというのは、この小説の特長。改ページが近づくと、物語の速度が速くなるから、振り落とされないように(というか改ページで区切られる、改行のないひとつの節は一気に読まないといけないよ。ひとつの章につき2時間くらいの時間を用意してからページを開けるように)。
 自分がかってに1から6までふって、それぞれの部分をまとめてみると、
1.老年になった大統領は自分にそっくりな影武者パトリシオ・アラゴネスを発見し、召し抱える。6度の暗殺が計画され未遂に終わる。最後の計画で影武者パトリシオが死亡。瀕死のパトリシオははじめて大統領に追従を言わずに、彼が「裸の王様」であることを告げるシーンが秀逸。暗殺に成功したと思わせて祝賀の宴が行われているところに、衛兵を引き連れた大統領が現れ大虐殺。その直後に「古めかしいスペイン語をしゃべるよそ者」が帆船で開国を迫るというから19世紀の出来事かな。
2.大統領は、ロドルド・デ・アギレル将軍と厚生大臣しか信用・信頼しておらず、彼らに政府の仕事をまかせっぱなしになっている。大統領府にこもり、元娼婦である大統領の母ペンディシオン・アルバラドとの愛の蜜月。母ペンディシオンは国母の称号を与えられるが、生活は町の貧乏人のまま。あるとき、マヌエラ・サンチェスという美貌の女に一目ぼれし、大量のからくりをプレゼント(という具合に人との関係がもてなくなっている)。巨大彗星があらわれ慶事の前触れと思われたが、日食の最中にマヌエラは消えてしまう(このとき大統領は100歳になったとも)。
3.国土に災いが頻発する。ハリケーン、それによる首都の水没。復興事業に熱中する一方で、宝くじの不正で子供二千人を監禁してしまう、国民の不満を背景にしてクーデターが発生し、大統領暗殺が図られるが未遂。首謀者をロドルド・デ・アギレル将軍と断定し、大統領派の閣員を集めた席での大晩餐会。「国際連盟」が出てくるから1920-30年代のできごとか。
4.母ペンディシオン・アルバラドが2月23日(月)に死去。100日間の弔鐘を命じ、遺体を国内行脚させるが、このとき死体が腐敗しないという奇跡が起きる。バチカンからデメトリウス・アルドゥス猊下が派遣され、聖女列席の調査が行われる。
5.猊下が引き上げるときに国内の修道尼を追放したが、そこに大統領の初恋の人レティシナ・ナサレノを見つけ、結婚する。子供エマヌエルを出産する。大統領にはほかの女に生ませた子供がいるが、エマヌエルを後継者としたので、暗殺計画が持ち上がる。レティシアの恐怖政治と豪奢な生活。ついに、60頭の犬に食い殺される。美男子ホセ・イグナシオ・サエンス・デ・ラ・バラという男を秘密警察長官に据える。暗殺者を殺戮し、国民を虐殺する。このころ大統領就任100年目。
6.ホセ・イグナシオ・サエンス・デ・ラ・バラもついに失脚し、国民によってリンチにあい、死体をつるし上げられる。国家財政は破綻し、疫病が蔓延、イギリス・ドイツによる海上封鎖。ついに海を売ることまでする(ほんとうに海をブロックにして持っていってしまう)。大統領府にこもりきりになり、一切の人を寄せ付けない。一方で、身体に奇跡を起こす力があると思われるようになり、建物には牛やメンドリのほかレプラ患者も住み着くようになる。衰える身体。いつ亡くなったのか正確なことは誰も知らない。そして、冒頭の死体発見に帰還する。と同時に、彼(大統領)にとって生きることが可能な唯一の生はみせかけで、「彼が生きているところとは反対の、こちら側からわれわれ(語り手)が見ている生」P324であることが示唆される(すなわち読者のいる物理現実にこそ「大統領」はふさわしいと思わせているわけ)。
 たぶん中南米近現代史と照応しているところがあって、エピソードから時代を特定できるだろう。
でも、それをやってしまうと、曖昧模糊とした、あるいは鬱蒼したジャングルのただなかに入ったような文学をやせた荒れ地に変えてしまう。いくつかのエピソードは神話の装いもあるような誇張されたできごとで、数字もリアルではありえないほどに大きなものばかりで、海と陸の動物が大統領府に同時に住んでいたり。アリエネー、といちいち大声を出したくなるようなシーンが連続する。歴史と照応させるのは最小限にして、口あんぐりのまま、彼らの長い語りに耳をすました方がよい。

    


2016/12/02 ガブリエル・ガルシア=マルケス「族長の秋」(集英社)-2 1975年 に続く。