odd_hatchの読書ノート

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ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-3

2016/12/13 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-1 1967年
2016/12/12 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-2 1967年 の続き。



 20に分けられた章で「百年の孤独」を書いたので、ひとつの章がおおよそ5年にあたる。その5年間に、一家とマコンドに何が起きたかを書くことになる。この一家はマコンドの発展と衰退にあわせて、家も巨大になり公共インフラの整備されていない時代なので、「大家族」になるから、ひとつの章にはたくさんの人物が登場する。その時々によって、活動的な人は異なるから、章が変わるごとに中心人物は変わる。そのうえ、この長い時間を描くために、最初の入植した夫婦を除くと、たいていの人物は誕生から死までを描くことになる。ときに彼らはマコンドを離れることもあり、その間は手紙やうわさでしか消息を知れない。帰郷すると、しれっと登場人物の一員となって詳細が語られる。このようにして、一家の主要な人物だけで20人を超え、彼らに深く関係する人を加えるとおよそ50人にもなりそうな人物の人生を鳥瞰することになる。それを共時的な書き方をするものだから、小説はおのずと濃密になり、出来事の細部の積み重ねで彼ら50人の人生を読者は再構成することになる。歴史をどう描くかということに思いをはせ、なるほど多くの歴史はこのように共時的なかきかたであり(「日本書紀」とかへロドトス「歴史」とか)、時間の経過で人々がどう行動したか、変わったかに注目する。一方司馬遷史記」やスエトニウス「ローマ皇帝伝」のように人物伝を併記するやり方で記述することも可能。こちらでは同時代に何が起きたかを構成するのはテキストの外でやらないといけない。
 ここでは編年体で書かれているので、個人史は別個につくらなければならない。そうしたい誘惑をもつ人物はたくさんいて、民衆蜂起や革命の点からは第2世代のアウレリャーノ(大佐)や第4世代のホセ・アルカディオ・セグンドにフォーカスしたいし、飴細工や金細工や闘鶏や家畜飼育や占いなどさまざまに起業して収益を上げる商人や事業家が一族から頻出し資本主義の変化をみることができるし、美貌でありながら愛を知らずに薄幸な人生をおくるレベーカやレメディオス(小町娘)やレナータ・レメディオス(メメ)が気になるし、メイトリアーク(女族長)である初代のウルスラや家を切り盛りするフェルナンダ・デル・カルピオの存在感は圧倒的であるし、そのうえ一族に関係する人々にも大佐の叛乱に従った後、国の年金を求めてむなしい交渉をするヘリネルド・マルケス大佐に涙することが多であり、マコンドに派遣されてもおよそ役に立たずに滑稽な立ち回るを演じる羽目になるニカノール神父やアンヘル神父は想い出深いし、一族の男が入り浸る娼婦や占い師たちも重要であるし…。そういい続けると、すべての人物を網羅し、かつすべてのエピソードを書き上げたくなる。
 そうすると、読者の書くものはこの「百年の孤独」と同じくらいの厚さになるテキストになるだろう。まあ要約不可能な小説なのだ。ほとんどのエピソードは、古い新潮社版では2ページから3ページ。原稿用紙では10枚もない。そこまで圧縮されたエピソードの積み重ねは、「百年の孤独」の完全版という、そうだなあ、3千から5千ページもあるような巨大な小説を想定したくなる。手元にある「百年の孤独」は別の本の要約版であるという推測はたぶん当たっていて、別の本とは冒頭に登場して、ときにちらと姿を見せるものの、最終章でようやく全貌をあきらかにするジプシー(メルキアデス)の残した羊皮紙に他ならない。
 ブエンディーア家に残されたものの誰一人読めるものがなく、むしろそれに無関心であるからこそ、破天荒で破滅的で滑稽極まりない冒険の数々を演じたのであろう、家と土地の衰退が激しくなり、進取の気鋭失せて内向きの気分が支配したときに無為の人だけが読めるようになる。あいにくそこには「真理」などはいっさいなくて、歴史だけが書かれている。
 この最後の数ページは衝撃的であって、風のますます強く吹き荒れてマコンドの一切が無に飲み込まれる中、一人の男が羊皮紙を読みふける。そこに書かれていることは起きたことのすべてであって、さらに読み進めるにしたがって、時間のずれがなくなる。記述が読み手の「いま-ここ」にたどり着くとき、書物の内と外の境がなくなる。およそ読書のシュヴァルツシルト半径というか事象の地平線に到達するのであって、読むことが人生そのものになる(ただし一切の活動が停止する)。この数ページを書きえたということだけでも、この小説は傑作であり、唯一無二なのである。

2016/12/08 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-4 1967年
2016/12/07 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-5 1967年