odd_hatchの読書ノート

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愛宕松男「世界の歴史11 アジアの征服王朝」(河出文庫)

 ここでは唐の末期から元の末期まで。900年から1300年ころまで。高校教科書にあるように元王朝は「匈奴」と呼ばれる西方民族の支配になるので、その前後の西域の歴史も記述される。自分は西域にはあまり興味を持てないので、以下のまとめと感想では主に中国のことを書く(という態度が過去のアジアの歴史学の主流だったので、西域に対する偏見が生まれる理由になっている。西域の諸王朝や国家が文書記録を残せず、中国の資料で研究していたことに理由がある)。

 さて唐について。この王朝は中世の完成形。州県制と律令制に代表。ここで完成された官僚制は見事な統治体制であったが、ネックは世襲制。システムが形式化し、高級官僚が知的低下を示し、機能不全を地方官などが代行したので、朝廷権力が弱くなり、調停外の権限が強化される。そこに士大夫という知的エリート層が形成される。科挙という試験選抜制度ができて、試験に通れば高級官僚になれるというので、古典を勉強するエリートがたくさん生まれて、家や土地とは無関係な人的ネットワークに依拠する階層。これがのちの宋の立役者になる。
 唐が分裂して、例によって地方に弱小国ができたが、今回は分裂状態は長引かず宋が建国する。この過程も秦、漢、三国時代のような英雄物語にまるで無縁な散文的なできごとになった。なにしろ現状維持の「革命(実質クーデター)」なのだから。宋の特長は英雄的な個人がいないこと。そうではなくて、士大夫のグループが寄ってたかって、新しい国家のシステムをつくったところが重要。
 與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)によると、宋は世界でいち早く「近世」をつくったとされる。その主張の生まれる前の1960年代に書かれたこの本でも、近世の特長が見て取れる。箇条書きにすると
・貴族政を廃止して、科挙で一代限りの優秀な人材を登用。文官統治体制にして、武人の政治干渉を不可能にする。
・皇帝の権限を強化。地方官の権限を縮小。
自由経済自由貿易とし、国家は経済を統制しない。ただし専売制(塩、茶、鉄など)として国家の主要財源とする。銅銭鋳造を行い国内を貨幣経済にする(マネーサプライを増加して経済を活性化した。宋銭は輸出されて、周辺属国を宋の経済圏に巻き込む)。商品生産力が向上し、養蚕、製紙、茶、陶器などの副業を振興させる(それが輸出品となる)。
 なるほど、ヨーロッパの17-18世紀の絶対王政、この国の明治時代などの近世の政策に当てはまるところが多いなあ。かけているのは資本主義(産業資本と金融資本が未発達)と産業革命か。たぶんこのころの中国は西アジアと同等かそれ以上の文明になっていたと思う。エネルギー革命や金属加工の技術などが不十分で、ヨーロッパのような「近代化」には至らなかった。歴史のifを問うのは無意味であるのを承知のうえで、宋の近世が継続していたらと思った。巨大な帝国になっていたかも。
(與那覇潤「中国化する日本」は宋の経済圏にはいろうとする朝廷と、鎖国化=日本化しようとする東国武士団の抗争があり、後者が勝利することで、日本は中国化しなかったという論を展開している。おもしろいので、あわせて読んでみてください。)
 宋は150年ほど安定していたが、西方の異民族が中国大陸に展開して武力制圧する。「世界の歴史10 西域」でみたように、西域の部族・民族は古代の首長国家の延長にあったので、宋の近世化がバックラッシュにあう。この挫折、停滞は明や清に続いて、ヨーロッパに遅れることになるのだろうが、それは次のエントリーで。
 元のやりかたは、武力制圧したら、そのエリアの既存政権をそのまま利用して上に立つというもの。二重行政の不合理や世襲制、支配者層でモンゴル人の中国への同化などがあって長続きしない原因になった(「元寇」という日本への遠征は意図不明。まあこの失敗は元には痛くも痒くもない辺境の小さな出来事に過ぎない。一方島国では国家大難の大転換に思えてしまった)。
 とても面白いのは、元は紙幣を流通させ大量に市場に投入したこと。元は銀で税金を払わせたので、中国内の銀はすっかり西に流出してしまい、通常であれば紙幣の裏付けのないところを、元は塩と兌換できるようにしたので、安定した通貨となった。そのうえ北方の脅威に備える必要がないので、軍事費を削減でき、国家の財源は潤沢だった。宋の政策とあわせて貨幣経済を急速に進展させたわけだ。(元が急進的な経済政策をとっているとは思いもよらなかった。御見それしました。)
 しかし、紙幣の裏付けをする国家が滅びると、紙幣の価値がゼロになる。元朝崩壊の時それが起き、次代の明では貨幣価値がゼロになり(ハイパーインフレになったわけか)、貨幣経済がストップ。自然経済になったという(のは次の「世界の歴史14 明と清」で読む。なるほどだから明は鎖国政策をとらざるを得なかったわけね)。
 経済書を読むと事例は西洋かこの国かのものが大半になるのだが、こうして歴史書を読むと、西洋やこの国で起きなかった極端な事例がすでに起きていることを知る。国家滅亡とハイパーインフレなど、通常の経済書では架空の事例だものな。マネーサプライを増やすことで経済活性化を図るのが11世紀にあったなども「常識」を超えている。そのうえ、幾多の貨幣論では貨幣は決済をくりのべて最終決裁を最後の人間に押し付けるという説明があるが、そんなことはない、決済されて市場に投入された貨幣を回収することはあるのだということがわかる。王朝の入れ替わり、国家間の戦争などの長々しい記述には飽き飽きしたが、経済や文化のさりげない記述にはっと目を覚めさせる。面白かった。