「西域」はとてもあいまいな地理や歴史の概念のよう。とりあえず21世紀初頭の世界地図で言うと、モンゴル、中国西部(新疆ウィグル自治区、チベット)、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、トルクメニキスタンあたり。この地域は、東西の文明をつないでいて、歴史的には重要。しかし、高山地帯であり周囲には砂漠が広がっていて、容易に人が入りにくい。なので、近代の歴史学や考古学が研究調査を開始したのは18世紀のロシア帝国から。19世紀後半から20世紀初頭にかけて多くの西洋の探検家がでかけた(有名なのはスウェン・ヘディン。ナボコフの「賜物」も探検家のひとりを描写)。しかし中国の内戦や世界大戦、革命後の鎖国政策などで停滞する。20世紀終わりからはイスラム原理主義がアフガニスタン周辺を占領するなどして(古い遺跡群を破壊してもいる)、ふたたび行きにくい地域になってしまった。
この地域が知られていないのは、上記の気象条件によって、過去の国家や都市がなくなり、当時の記録を保存する組織や集団がいなくなったことにある。そのうえ地域の重要性が消失したこと(後述)により、定住者の生活様式が古代にもどってしまったこともある。遺跡の発掘でいろいろみつかっているが、十分ではない。周辺文明の記録は彼らを差別的に見るところがあり、そのまま読み取るわけにはいかない。そういう地域の歴史を掘ろうとする。
ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」を読むと、ユーラシア大陸が近代を生んだ理由のひとつが東西方向の交易、交通にあることが分かる。西域はまさに交易、交通を担当した地域。なにしろ高山と砂漠の連続なので、定住民でないと移動することが難しい。なので、この地域が栄えたのは東西の文明ができ、古代帝国が版図を広げ、交易をおこなうようになってから。紀元前数百年のころにはいくつかの文化圏ができ(どうやら当時は現在よりも気候は温暖で水が多かったのかもしれない)、秦や漢のころにシルクロードができた(この時代の貿易は宮崎市定「世界の歴史07 大唐帝国」河出文庫エントリーを参考に)。そのあとは、大月氏国(クシャーナ帝国)ができたり、唐が服属させたり、元が巨大遊牧帝国をつくったり、ティムール帝国ができたり、と古代帝国が支配権を持つ時代もあった。
重要なのは、この地域では交易や交通があっただけではなく、東西への民族の大移動が起きてもいる。それは略奪や虐殺、差別などを起こしたが、一方では新しい国家の建設や文化の融合と発展をもたらした。民族の大移動はヨーロッパでも、中国でも、イスラム文化圏でも起きていて、歴史を変える大きな原動力になっている。そこには注目すべき。
ただ、西域の国家はついに古代帝国か首長国家のままであった。ヨーロッパや東アジアにあった中世や近世がついになかった。おそらくは上記の気候のために土地の生産性が低く、余剰生産物が少なく、人口密度が極めて低く、自給性が高かったからだろう。大規模農業ができないので人口が集まらず、税収を確保するための官僚制が不要であったし、数万人を収容する都市がつくられなかった(過去にはあったが気候の変動で放棄されたのだ。ロプ湖周辺の楼蘭などの都市を思い出すこと)。
決定的だったのは、16世紀になってユーラシア大陸の交易が陸上輸送から海上輸送に変わったこと。海上交易路が複数できたことにより(ヨーロッパも中国も独自に開発)、一回当たりの交易の時間が短縮され、運搬量が増加する。そうすると、ラクダの隊商を組む西域の貿易商人の収益が激減して、経済が停滞して、古代の生活や文化に戻った。20世紀にはこの地域で天然資源がみつかり、富裕になるところもできたが、近代化はなかなか難しいようだ(と2016年に書いたのだが、中国の一帯一路構想で、シルクロード周辺への投資が活発になった。大きな経済圏を作って、政治的な協調も進みそう。なお、これとは別に西アジア諸国の人権政策も変わって、日本より進んだ差別撤廃法が作られ、様々な制度が作られている。なんとも、経済的にも政治的にも日本は取り残されようとしているな。それこそ天平・奈良時代のころと同じ存在感、すなわち辺境の一小国になるのではないかと妄想してしまう)。
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