odd_hatchの読書ノート

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市古宙二「世界の歴史20 中国の近代」(河出文庫) 世界システムに飲み込まれた古代帝国は植民地化から抜け出すのに2世紀以上かかった。

 18世紀末から中華人民共和国の成立(1949年)まで。宋の時代に近代の一歩手前までいったのに、元や明の時代に政治や経済が古代から中世まで戻ってしまった。清になっても封建制はそのまま。それでも清は経済発展する。主な理由は耕作地の拡大。多少は農機具や耕作方法の改善などもあっただろうが、主には開墾による。それにより18世紀半ばまでは人口と農業生産がともに増加した。しかし18世紀後半に開墾地がなくなって農業生産性は低下する。人口増は継続。そのために、全体的な貧困化と格差の拡大が生じた。これに対して封建制後は具体的な対策を打てない。本書では、中国大陸がその外部と没交渉であること(周辺諸国朝貢国ばかり)、中華思想、公平はあっても公正の思想がないことに理由を見る。農業生産性をあげるには土地改革が必要であるが、社会変革で再分配されたことはない、あったのは地主の不在や土地台帳の焼失などの社会不安やシステムの不全が起きたためであるという(なので、中国で初めて土地改革を実行した共産党はすごいということになる)。
 西洋と中国は大航海時代の15-16世紀にであう。このときは中国の方が西洋より経済や産業で進んでいた。上の停滞がある間に、西洋はさまざまな近代化を進めてしまった。貨幣経済の普及、産業革命民主化と民族国家の形成、単位の統一、近代科学の成立など。18-19世紀にふたたび西洋が大規模に中国にきたとき、両者の力関係が変わる。とくに武力において。18-19世紀の貿易では、西洋が輸入超過(とくに茶)、清が銀本位制なので、支払いは銀で行われる。そのため新大陸で集めた銀は中国に流れる。西洋の銀不足を補うために、アヘン貿易が始まり、中国との戦争になる。この関係は19世紀半ば以降に逆転。中国は綿花を輸出、西洋から綿織物・衣服を輸入をなり、中国が輸入超過。銀で支払うために、大陸では銀不足。貨幣の不足でインフレが起こり、しかも税金は銀で納付するので、深刻な貨幣不足になった。そこで中小の商店が潰れ、農家が没落。できつつあった地場産業も壊滅。戦争と貧困で流民(国内難民)が生じて、歳入不足と治安悪化。複数回の戦争敗北(日清戦争をふくむ)による賠償金の支払いが国家財政を悪化。それが増税になってさらに困窮化が進む。実質的に、アヘン戦争太平天国の乱で、清は統治能力を失う。
 1914年の第一次世界大戦勃発までは、西洋(イギリス、フランス、アメリカ、ロシア)が中国の植民地化と収奪を行ってきたが、WWIでそれどころではなくなり、代わりに日本の力が大きくなる。で、いかに植民地化を防ぎ、自立するかが中国の問題になる。でも清朝は対応能力を失い、そのあとの中華民国専制政治をしくだけ。地方の財閥・軍閥(郷紳と呼ぶ)が地方自治をする。日本が侵略戦争を始めた1930年以降でも、国民党と共産党の二大勢力ができるも、抗日・反日で統一戦線をとれない。結局、1945年の日本の敗戦とそのあとの内戦で共産党軍が勝利し、1949年に人民共和国が成立し、長い長い混乱(150年以上)がとりあえず集結する。
 書かれたのが1960年代後半で、文化大革命が進行中。敗戦から25年ということで、20世紀になってから記述はあいまい。洋務運動、戊戌の変法(ぼじゅつのへんぽう)、辛亥革命、五四運動、国共内戦、抗日戦争と続く章は事実の羅列に終始。中国共産党の資料も乏しく、記述は薄い。この時代は日本の側から見ることが多いが、中国の側から見ることも大事だというのが感想。とくに、この国の外交、経済、軍事、移民などの政策、そして現地における統治や軍事行動などがいかに中国人に被害を与えたかを認識するのは重要。統治の美名の裏で(現地ではあからさまに)数々の不正、差別、略奪、暴虐、残虐行為が行われた。その事実を知ることと、今後決して繰り返さないという決意を示さなければならない。
 メモしておくのは、20世紀初頭の中国改革運動では中国人の日本人留学生が大きな役割を果たした。狭間直樹「中国社会主義の黎明」(岩波新書)が日本側の事情を記していて興味深いが、いかんせん書き方がよくない。どこかによい本はないか。1920年以降の主人公は毛沢東。情報が少ないころのうえ、存命でもあって評価は甘い。そのなかで、富田事件(1930年)で彼の主導で5000人が虐殺されたのが目につく。中国共産党によるジェノサイドの情報は乏しく、自分は1949年以降、毛沢東が全権を獲得していこうのことと思っていたが、これほど早期にあるとは。しかも毛沢東はまだ共産党の主席になっていない(1935年遵義会議以降)。それでも責任を問われていないとは。中国共産党の評価ががらりと変わるような本でないが、こういう細部にも注目しておかないと。
 中国の歴史を先史時代から現代(1949年)まで駆け足で見てきた。大帝国-群雄割拠を繰り返し、貨幣経済の先駆で資本主義に遅れ、精密な官僚制があり民主主義になれていない巨大な場所。この国にいると、理解するのも困難なところがあるが、まだまだ勉強しないと。

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