odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)ガイド

  この小説は、敗戦直後の1946年に雑誌「近代文学」に連載された。第4章まで書かれて1948年に中断。それから約20年の時を経て、第5章が1975年に突然発表(このとき、「完本」のタイトルで第5章までの分厚く黒い本が出た。中学生だった俺は卒業直前に都会に出て買った)。

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 以後、順次発表されて1995年に第9章まで書かれる(高橋和巳に読んでほしかったなあ)。そして1997年、作者は87歳の高齢で没した。

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 さて、プロが読んでも難解で、解説や論文、批評はあまたの数がでている。素人である俺が屋上階を重ねるほどの読みと技術はもっていないので、単にサマリーを作るくらいにするが、再読しての感想は「死霊」はそれほど難しくない。本書は「意識・革命・宇宙」をテーマにしている。そのアウトラインを押さえておけば、「虚体」をめぐる存在と非在の考察はむしろエンターテイメントとしてたのしめるはずだ。
 なので、本書を読む前に、参考になりそうな本を読んでおいたほうがいい。以下に俺の読んだ本を掲げる。素人の読みなので、これ以上を読むのは必須。

西洋形而上学 ・・・ 新書や啓蒙書で存在論形而上学の歴史とだれが何を言ったかを知っておいたほうが良い。ソクラテスプラトンアリストテレスデカルト、カント、フッサールハイデガーあたり。だれのでもいいので、原典(翻訳でOK)をいくつか読んでおく。第7章「最後の審判」のために、イエス、釈迦、大雄などの教えも知っておく。

革命 ・・・ 19世紀からの共産主義とその運動史。マルクス共産党宣言」「経済学・哲学草稿」「ドイツ・イデオロギー」、レーニン「国家と革命」は必須。ナロードニキから10月革命、スターリン主義と官僚制のロシアの革命史はできるだけ細かく知っていよう。戦前の日本共産党の運動史。日本の共産主義運動史は立花隆日本共産党の研究」「中核vs革マル」(いろいろ問題あるけど手ごろなので)。革命家であること(テロやリンチへの傾斜も)は、マルロー「人間の条件」。監視社会はオーウェル1984年」、ハクスリー「すばらしい新世界

宇宙 ・・・ 第6章以降になると、1970年代以降の宇宙論素粒子論が出てくる。とりあえずアインシュタイン「物理学はいかに創られたか」岩波新書を読んで、ブルーバックスや新書を適当に10冊以上。宇宙の誕生と複数の宇宙の可能性を検討する宇宙論の知識が必須。

ドストエフスキー ・・・ 作家はドスト氏に震撼したのであって、ドスト氏の小説を読破しておくことは必要。「地下生活者の手記」「罪と罰」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」。最初のほうの章では、後期短編のパスティーシュのような場面が出てくるので、「ボボーク」「おとなしい女」「おかしな人間の夢」も読むべき。

ポー ・・・ 同様にポーも。できれば全編。厳選すれば、「メエルシュトレエムに呑まれて」「催眠術の啓示」「ヴァルドマァル氏の病症の真相」「アッシャー家の崩壊」「陥穿と振子」「赤死病の仮面」「早すぎた埋葬」。可能なら、詩とユリイカ

戦後文学 ・・・ 埴谷と同時代の戦後文学も重要。とくに「近代文学」の同人のもの。これは入手難か。それでもこのブログにあげた程度の大岡昌平武田泰淳野間宏椎名麟三堀田善衛の代表作は読んでおく。次世代の影響もあるので、高橋和巳大江健三郎(特に初期)は押さえておきたい。

雑学 ・・・ 第4章までは悪魔学がでてくる。あわせて西洋神秘思想にも触れておいたほうがよい。悪魔学荒俣宏澁澤龍彦種村季弘等か。埴谷雄高はオカルトや超常現象の本をよく読んでいたそうなので、押さえてくとよい。たくさん読むのは大変だから、コリン・ウィルソンの「世界不思議百科」を読めば、ほぼ基礎知識を網羅できる。俺は悪魔学には興味はなかったが、かわりに中世神秘思想を参照した。クラウス・リーゼンフーバー「西洋古代・中世哲学史」(平凡社ライブラリ)が便利。異端の考えとその対抗思想も抑えておいた。異端の考えや中世神秘思想は原典(翻訳でOK)にも触れて雰囲気をつかむとよい。たとえばマイスター・エックハルト。「序」で探偵小説的構成をとるといっているので、1920-30年代の長編探偵小説の名作と、その後のスリルとサスペンスの名作を読んで「探偵小説的構成」に親しんでおく。フィルムノワールの映画、1950年代のアクション映画も数多く見ておきたい。

 けっこう雑駁なリストになったが、以上をカバーするには400-500冊くらいは必要。可能であれば、興味に合わせて、どれかのジャンルを深く突っ込んでおくことは有益だろう。
 日本文学としては異例に長い小説。予備知識なしに飛びこんで圧倒される読書体験をしてもらいたい。俺は初読のとき、毎日10時間以上の読書時間をかけて3日で読んだものだが、部屋にこもりっきりであっても、その間のことを鮮明に思い出せるような特別な時間を過ごしたものだ。
(それはここにあげたような本書の読み取りに必要な基礎知識を10年以上かけて持っていたから。作中にでてくる言葉や観念から、基礎知識にリンクが張られ、書中には書いていない背景や情報を思い浮かべることができて、作者の意図や仕掛けなどを発見できた。それも読書の楽しみ。)

     

    

 

2021/07/09 埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)「序」 1948年に続く