odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

埴谷雄高「意識・革命・宇宙」(河出書房) 作家本人による「死霊」解説。でも構想はこの後大きく変わった。

 1975年に「死霊」第5章が発表されたことを記念して、「文藝」誌上で行われた対談を収録したもの。その年に25年ぶりに続きが発表されたのだった。主題は革命運動の秘密結社が行ったリンチ殺人。当時は内ゲバによる殺人が頻繁にあって、この主題はとても重かった。「死霊」の感想を書き、「内ゲバの論理はこえられるか」というエッセイも書いていた高橋和巳は第5章を読めずに身罷った。残念。
 吉本と埴谷はのちの1984年に朝日ジャーナル誌上で罵倒を含む論戦?を行った。きっかけは吉本が「ANAN」という雑誌にコム・デ・ギャルソンの服を着てモデルになったことだった。それを見て埴谷が革命を論ずるものがブランドを身にまとうなぞなんという堕落、てめえの思想はそんなに浅かったのかといい、それに対し吉本はこれをふくめて現代を理解するのが重要、いつまでも古いイデオロギーに寄りかかるのがおかしいといったのだった。以上は自分の超訳(その前に1982年の「文学者の反核宣言」についての確執に端を発しているとのこと)。まだこのころには「革命家」に対し倫理的な清潔さとか脱時代的な意匠を期待していたから、当時は埴谷の側に好意を持った。今となると、なるほど桜井哲夫「思想としての60年代」(講談社)のいうように、吉本はこのころから高度資本主義のイデオローグになったのだと納得する。2011年の原発に関する発言をみても。なので吉本隆明の発言は自分にはどうでもいいや。(だからといって埴谷のいう「革命」に同意している(いた)わけでもない)。吉本の発言をいくつか拾うと、「死霊」第4章から第5章で語られる死の思想を持ちあげ、日本だと中世の坊さんくらいしか死と生を充分に考えていない、俺は昔からレーニンの職業革命家とか前衛党論には異議がある、など。
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 次のような章立て。
「『死霊』四章について/現実と想像力/魂の渇望型の文学/生死の思想とデモノロギイ/自殺と子供を産まぬこと/スパイと内ゲバについて/党派の論理/宗教性について/『死霊』の歴史的位置づけ/『死霊』五章以後/戦後派文学と同時代の作家たち/二十五時間目の問題/三島由紀夫について/現代文学の方向」 

 「死霊」を読むときの参考になりそうなところをいくつか。
・埴谷によると、彼には3つの部屋があって「死霊」の主題になっている。ひとつは「自意識」、もうひとつは「革命」、最後に「宇宙論」。(それが本書のタイトルに反映)

・人間の自由意思でできることは、自殺と子供を産まないこと。まあ運命論とか宿命論に対する批判に使えるかな。とはいえ、「死霊」第8章になると、子供(というか幼児)への考えは変わっているみたいだし、のっぺらぼうだった「虚体」も目と鼻がつくようになった。

・戦前の共産党リンチ事件のときにはすでに拘留中だったので、埴谷は事件に関係していない。しかし査問された大泉は埴谷の個人的な知り合いだったし、亡くなった小畑は「近代文学」同人の平野謙の友人だった。スパイ査問から「リンチ殺人(共産党の発表は特異な体質による自然死)」までは他人ごとではない。だから、1975年の「革共同両派への提言」を行ったことにつながる(立花隆「中核vs革マル」講談社文庫)。

・三輪家は4人兄弟。三輪高志、三輪与志、首猛夫、矢場徹吾。かれらが順に内面を吐露するのが山場。第5章が三輪高志。このときに書かれていない第7章が矢場徹吾。最後に三輪与志が釈迦と大雄の会話を話すことになっているが書かれなかった。首猛夫は狂言回しのような役割で、人の話を聞いてまぜっかえすので、彼のための章はない。このあたりは「死霊」完成後に書かれた川西正明「謎解き「死霊」論」(河出書房新社)に詳しい。笠井潔が、矢吹駆シリーズで「釈迦と大雄の会話」をかいてみたいなあ、と2010年ころtwitterに書いていたので、いつになるのかわからないけど期待する。

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・埴谷の評価する作家はゲーテ、ポオ、ブレイク、ドストエフスキー。彼らのような作家の奇跡的出現にすこしでもコミットできればいいと考えている。

 こんなところかな。「死霊」を読んでいないと埴谷の発言は腑に落ちないだろうから、読者を限定する対談。第7章が発表されたころ(1984年だったか)に、過去30年に書かれた「死霊」論文を収録した分厚い本が出たことがあるけど、現在の市場には見当たらなさそうだ。

 

埴谷雄高「意識・革命・宇宙」(河出書房)→ https://amzn.to/49Joipm

埴谷雄高「死霊 I」(講談社文芸文庫)→ https://amzn.to/3uJN5uE
埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)→ https://amzn.to/3wqn3wO
埴谷雄高「死霊 III」(講談社文芸文庫)→ https://amzn.to/49JKnDY

埴谷雄高「文学論集」(講談社)→ https://amzn.to/3UUbxUR
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 「死霊」第5章が発表された後、第1章から第5章までを収録した完本。1976年購入。

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