odd_hatchの読書ノート

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内藤正典「ヨーロッパとイスラーム」(岩波新書)-2 ライシテ(政教分離)を徹底したフランスの場合

2024/04/02 内藤正典「ヨーロッパとイスラーム」(岩波新書)-1 難民受入を進めるドイツと多文化主義のオランダの場合 2004年の続き

 

 「ヨーロッパとイスラーム」を考えるときに、イスラムのひとたちがどのような信仰や社会帰属意識や「個人」観などを持っているかを把握することがとても重要だが、自分はまだよくわかっていないのでサマリーからは割愛。その結果、ここに書く感想はヨーロッパ人の眼に近い所に立って、イスラムを外からやってきた人たちとみなす視点になる。そのようなバイアス、偏向があることを自覚しておこう。そうすると、国民国家や近代化、啓蒙主義、平等原則などの西洋の基本的理念が普遍的であるかということに常に疑義と抗議をする人たちとして立ち現れる。彼らを見ることは、近代化や啓蒙主義などの西洋理念が正しいのかを問いただすことになるのだ。
(まあおれらのようなアジア人もヨーロッパからみれば外からやってきた異人にほかならないわけだが、とりあえず公的領域で宗教的な行為を厳格に執行するという習慣を持たないので、見逃してもらっている。かわりに黄禍論のような偏見にさらされているわけだが。)

3章 隣人から見た「自由・平等・博愛」―フランス ・・・ フランスは近代西洋思想の根源地。民主主義、平等原則、基本的人権思想はフランスから生まれている(自由主義はイギリス)。その原則を政治的に表現するのが啓蒙思想世俗主義だ。世俗主義(ライシテ)はよくわからない考えだが、概要は工藤庸子「宗教vs国家」(講談社現代新書)にある。公的領域から宗教行為を一掃するという強い意志。フランスでもWW2に復興で外国人労働者に依存したが、おもな移民元は北アフリカや西アフリカのかつての植民地だった。イスラムはそのあとに次第に増えて、2004年では500万人がフランスに居住すると言われる。フランスはライシテを徹底していて、イスラムにも要求しているが、イスラムには受け入れがたい。その結果、イスラムはそれ以外の人たちから排斥されるようになる。イスラムの中にはライヒテを受け入れる人もいるので、国家によるライヒテの圧力がイスラムの分断を起こしている。フランスでは極右が台頭し、差別やヘイトクライムが起きている。それもイスラムの結束を強める働きになる。
(似たような国家が周辺に多数あるヨーロッパでは、国民国家は、国家を構成する原理や原則をきっちり定めなければならなかった。これを日本に当てはめると、国民国家である原理や原則を定められないまま、啓蒙主義と近代化が進んだということになりそう。自分は日本国憲法の平和主義・主権在民基本的人権の尊重は国民統合の原理原則であると考えるが、自民党や官僚はそれを否定している。全体として、国民統合の理念はあいまいで、歴史や伝統などによりかかるしかない。帰化条件とナショナリズムが一致していないところでよくわかる。)

4章 ヨーロッパとイスラームの共生―文明の「力」を自覚することはできるか ・・・ モスリムは商業の公正の観念と弱者救済は一体であるとしている(アダム・スミスの「道徳感情論」が別の文脈で実現されているとみるべきか)。なので、信徒の共同体が危機に瀕していると考えると防衛の戦いをする(それがジハード)。イスラムからすると、19世紀の西洋の植民地化、グローバル化とそれによる支配・抑圧・差別は信徒共同体の危機であると認識されている。このとき、信徒の共同体は国家や民族を超えるものであるので、他国の問題に対してもジハードは行われる。
 ムスリムは民意に基づく政治を要求するが政治形態が王政であるか代議制議会であるかはこだわらない。民意に基づかない政治を行うときは、抵抗する権利をもっているとされる(なのでいくつもの「革命」が起きた)。しかし民主主義に絶対的な価値を見出さない。ムスリムからすると、西洋の民主主義は域内の自由と平等を認める一方で、域外の支配や抑圧や差別を放置し助長するダブルスタンダードにみえる。しかもヨーロッパにいるムスリムは政治参加から疎外されている。なので、ヨーロッパで高等教育を受け差別や抑圧を体験しているムスリムからイスラム復興運動に覚醒するものが生まれる(そして一部はテロに向かう)。

 

 このようなヨーロッパとイスラムの対立に対して、著者は両者が互いを理解し対話することを提案する。小著なのでそれ以上の具体的な提案をかくことはできないだろう(それに著者は国際機関に所属しているわけではないし)。本書を読んでみた限りでは、変わるべきはヨーロッパの側だ。それは自分が西洋の「近代」にどっぷりつかっているからで、抑圧・差別を受けている側からすると傲慢な支配する側の論理が染みついているから。自分の考えには西洋の近代化をどう批判して克服するかがあるが、どうもいままでは西洋の中から考えていたようだ。西洋の外から見ることは大事。

 

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