民族と国家は新しいがむずかしい。塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)を読んでもよくわからないうえ、国によって大きな違いがある。でも、国民国家が生まれたのは、イギリスとフランスなので、その国をモデルとし、おもに西洋の基準で考えてしまう。例えば、以下の本。
2014/03/08 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-1
2014/03/10 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-2
2014/03/11 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-3
2017/05/26 宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書) 2004年
増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)
そこでヨーロッパモデルではないが、近接する地域の歴史をひもといてみたりする。
井上浩一「生き残った帝国ビザンチン」(講談社現代新書)
中谷功治「ビザンツ帝国」(中公新書)
でも、ここもローマやギリシャの伝統が続いている場所。
さらにヨーロッパではないところで、しかしヨーロッパと歴史や思想を共通している場所を調べる。以前には、2018/03/19 前嶋信次「世界の歴史08 イスラム世界」(河出文庫) を読んでいたが、この書では民族や国家を近代の国民国家と比較しているわけではないので、あまり参考にならない。そこで本書を読む。本書はだいたい6-20世紀なかばころまでのイスラム世界を舞台にしている。前嶋の本とほぼ同じ時期を扱う。
これまで非西洋といえば、アジア(とくに中国と日本)をモデルに考えていたので、イスラム世界の情報はとても興味深い。西洋の規範は経済力の背景もあってグローバルスタンダードになっているが、それが当てはまらない世界があった。
最初は、ムハンマドによるイスラムの教えの確立とその宗教集団による帝国ができたことが重要。聖書の教えの流れをくむとは言え、より一神教を強めた。そうすると、モーセやイエスの啓示は不十分であり、ムハンマドの啓示こそが核心なのであるとする。そこから神の教えを現世に適用させた「平和の館」を打ち立てることが帝国の目的になる。彼らが領域をした現在の中近東と北アフリカの地には、イスラム以外の宗派がある。ユダヤ教、ギリシャ正教、アルメニア正教など。これらはイスラムに改宗するか従属するかを示せば、領域内で自由を得ることができた(なるほどだからスペイン統治時代に、寛容が実現したわけね)。イスラムの人たちは宗教共同体にあることが大事だったので、民族や郷土にもとづく同一性を持たなかったし、統一理念とすることがなかった。
西洋のような民族概念を形成しなかったので、説明が難しいようだが、それでもトルコ人とアラブ人の違いは意識していた様子。敵対する様子がなかったのは、10世紀ころまではアラブの帝国が、それ以降はトルコの帝国が強かったので、「平和の館」理念が実行されていたため。イスラム世界からみるとヨーロッパは残虐で無知で礼儀を知らない好戦的な戦争の民であった。シルクロードによって陸路の交易の中心地であったので、当時は世界有数の富裕な領域だった。中国、インドも及ばない。
それが逆転するのは、ヨーロッパが大洋航路を見出し、海路の交易をおこなうようになってから。シルクロードが廃れ(そりゃ陸路で1年かけて運ぶ量の数十倍を一月で運ぶのだからね)、新大陸の金銀が流入するようになった。経済的衰退とインフレが発生。不況の影響は行政と軍事の弛緩として現れ、とくに帝国の領域の辺境やその周辺で反乱や独立運動などに反映する。中心地でも治安が悪化する。一方で、金持ちの西洋人がイスラム世界に入ってきて、土地や財貨を買うようになる。
帝国のタガが緩み、領土が狭くなるところに、フランス革命の影響が及ぶ。アラブ人やトルコ人には「民族」「国民国家」は理解の外であったが、中にはこの理念をアラブにも適用して国民国家を作る運動が起こる。とくにイスラム以外の「異教徒」において。それがバルカン半島やシリア、エジプトなどの治安悪化につながる。
決定的なのはWW1によるオスマントルコ帝国の敗北と解体。帝国が消えて、英仏が植民地化する。WW2以後、国家が独立するが、イスラム系の首長が統治・連合するか、非イスラム系の首長が統治するか、軍人独裁になるか、植民地委任統治となるか。西洋的なナショナリズムに基づく国民国家とは言えない状況がある(その後のイスラエル建国、イラン・イスラム革命、原理主義過激派など。これは自分には説明しようがない)。
自由を保障する制度を作れず、経済発展や技術革新から取り残されてしまった(産油国では利益が出ているが、経済格差を解消する方向には向かわない)。統治形態が違う国は反目しあい、国内にいる宗教的・民族的マイノリティにはヘイトクライムや民族浄化が行われる。EUのような超国家体ができて、各国が共通理念に賛同して加盟するのが理想的ではないかと妄想するが、超国家体を形成する統合理念がないか。そうすると、本書のように、各国や民族が自由と民主主義を政治体制に組み込むことを求めるところからだ。先は遠い。
(日本からは離れた土地にあるので実感を持つことは難しいが、この国もシリアやクルドの難民が庇護を求めて来日しているのに排除の圧力が強いとか、イスラモフォビアの排外運動が極右やネトウヨがやっているとかで、身近な問題になっている。)