odd_hatchの読書ノート

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カーター・ディクスン「パンチとジュディ」(ハヤカワ文庫) 最初一人で始めた冒険に一人二人と同行者がくっついていく騎士道小説。H・Mは事態を収拾するデウス・エクス・マキナ。

2005/01/02記
 イギリスとドイツの仲が険悪になってきた1930年代後半。元ドイツスパイが情報を売り込みたいとH・Mに近づいてきた。その情報に胡散臭さを感じたH・Mは元情報部員に調査を命じる。「死して屍拾うものなし」のたとえ通り、最小限のヘルプしか期待できない青年は、翌日結婚式を挙げるために、旅立つことにした。しかし、彼は行く先々で死体の第一発見者になり、警察に疑われる羽目に。警察の追跡を受けながら、使命を果たすための冒険が続く。
 カーというと不可能犯罪とオカルト趣味が前面にでているが、これらも含めて19世紀的なロマンティストであったというのが正しい見方かもしれない。若い男女が事件に巻き込まれるという話をカーは好んでいて、思いつくだけでも「死者はよみがえる」「九つの答」などがそう。戦後になって歴史ものを書くようになったのは、これらの下地があってのことだ。ディケンズの「二都物語」とかオルツィ「紅はこべ」、デュマ「三銃士」という19世紀の通俗冒険小説の系譜の中にある(それを後継したのがイアン・フレミングの「007」ものということになるのかな)。
 1936年発表のこの小説は一種のロードものといってよくて、最初一人で始めた冒険に一人二人と同行者がくっついていく。これはもちろん騎士道小説の王道である。同行者に含まれていないのは、敵か見方かわからない胡散臭げで後ろ暗いところのある男くらいか。ともあれ、フィアンセやら目的を同じにする別国情報部員やら、まあ不思議な連中が集まったものだ。こうやって旅を続ける連中が主人公であるから、事件の全貌に関する情報は断片的で、全体を捉えることができない。行く先々で不可解な事件が起こり、主人公たちの推測が次々と覆されていき、ますます事態が混沌としていく。最後に、絶対絶命のような窮地に立たされたときに、デウス・エクス・マキナよろしくH・Mが現れて、事態を収拾する見解を述べる。そうしてみると、ギリシャ悲劇の構成を踏襲しているのかな。こういう運命に翻弄され、しかもどたばたを繰り返す主人公とフィアンセは、やはり道化芝居の役回りになっていると思われ、H・Mがいうように「パンチとジュディ」というのは、この二人なのであろう。
 それでもカーはミステリーの王道をまっすぐに進んでいるのであって、途中にでてくる一挿話の解釈がH・Mによって語られなくとも、最後のオチを付けることに使われている。すべての伏線は説明されなければならないというテーゼをちゃんと守っている。
2005/1/10記
 「探偵小説」の歴史を見ると、もともとはジャンルの混交したものであったとみるべきだろう。ポーの諸編は純粋な形式をもっているとはいえ、19世紀後半のイギリスでかかれたものには、謎解きといっしょに冒険・伝奇・怪奇・ロマンス・暴力・セックスなどの要素がいくつも入った。チェスタトンのように神学・哲学のことも含ませたものもある。そういうさまざまな色をもっていた「ミステリー」というか「探偵小説」を謎解き(たぶん序盤の奇怪な事件、中盤の複線、終盤の合理的な説明)という一点で純粋化しようとする運動がアメリカで起きた。その推進者がヴァン・ダインとクイーンの二作家だったと思う。そういう純粋化、形式化を進めることによって、「謎解き」のエクスタシーというか感情浄化作用を高めたいということをしたのだろう。どんなに複雑な現象も探偵が解釈することによって合理的に説明できるというのは、当時の自然科学の発展状況や高度成長と期をいつにした嗜好であると思う。
 ヴァン・ダインやクイーンによる改革運動は、当時の新進作家に共通して起きていた。クリスティもクロフツも、逆な表れであるハメットでもそうであった。
 カーはそういう点では19世紀の人であったと思う。上記の人たちが捨てた要素を彼は残したのだった。彼のオカルト趣味や冒険ロマン的な要素というのがそうだ。