odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「緋文字」(ハヤカワ文庫)

探偵小説家ダークと女流演出家のマーサは誰もが羨むおしどり夫婦だったが、いつしか仲が悪くなり、やがてトラブルを起こすようになった。ダークの暴力に耐えかねたマーサから相談を持ち掛けられたエラリイは、自らの秘書ニッキーをダークの秘書として雇わせることで問題を解決しようとする。しかし、事態は泥沼化の一途をたどり、ついに「緋文字殺人事件」と呼ばれる悲劇に発展していくことになる……。
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 オリジナル・クィーンの作としては後期(1953年)に属する。「フォックス家の殺人」と同じように、家庭の問題(不倫とそれで引き起こされそうな暴力)を解決するために、探偵は家庭を観察する。ストーリーのほとんどは、不倫と尾行に費やされ、暴力(殺人)が起こるのは200ページを超えてから。十分楽しく読ませるかというとそうではなく、結構面倒で退屈だったりする。
 もしこれがハードボイルドだったらと考えると(この「事件」は私立探偵に持ち込まれそうな事件=不倫疑惑だから)、ストーリーは同じでも細部は異なったことだろう。そして、もう少しスマートな(しかし依頼者は深く傷つくかもしれない)解決に至っていただろう。クィーンが首を突っ込むような事件とは思えないのだ。(とはいえ、クィーンの担当する事件になりうるであって、それは登場人物がブルジョアないし芸術家で、新聞のゴシップ欄にのり、一面で報じられるような人であるから。似たような事件を扱ったチャンドラーの「湖中の女」やマクドナルドの「ウィチャリー家の女」とは新聞の扱いと登場人物の所属する階級が異なる)。
 もう一つの視点は、クィーンの宗教観にもからむこと。後期のクィーンがユダヤ教に傾倒しているのはよく知られていること。たしか「盤面の敵」ではJHVHの文字が主題だったし、「十日間の不思議」は創世記に書かれた世界の創造が事件に推移にもじられていた。ここでは、十戒に記載された「汝、姦淫するなかれ」を主題にしている。事件の中心には不倫をする男女がいるので、もちろん「姦淫するなかれ」の倫理で処断することになるのだが、もうひとつクィーンの側にも倫理の問題があり、不正を起こす可能性にあるものに介入するべきか、それとも無視するべきか(途中にさまざまな対応のグレーゾーンがあることを承知の上で、二分法を使わせてもらう)。クィーン警視は「介入するな、忠告にとどめろ」であり、エラリーは介入し続ける。エラリーの介入は事件を防げなかったが、真実を明るみに出す。それは当事者全員がハッピーになるような決着であっただろうか。エラリーは今回は悩まない。なにしろ介入することを「選択@ネオbyマトリックス」していたから。反省や懐疑がなければ決断した倫理はそのままでOK、承認されるべきこと、であるのだろうかねえ。

  

ずっと品切れなのだねえ。