odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

エラリー・クイーン「最後の一撃」(ハヤカワポケットミステリ)

事件の発端はいまを去る50年前、1905年の新年に遡る。某大出版社社長夫妻が、ニューヨークからの帰途、折からの雪にあって車は転覆した。懐妊中だった夫人は双生児の男子を産み落として死んだ。残された夫は、妻の死をもたらした二番目の男子を憎むのあまり、手術に立ち会った医師に乞われるままに、その子を呉れてやってしまった。数日後、衝突で受けた脳出血のために、彼も妻の後を追った。それから25年の歳月が流れて、1930年(実際は1929年)のクリスマス、呪われた殺人事件が起きたのだ。そのころ、若いエラリイ・クイーンは探偵としての第一歩を踏み出していた。そしてこの事件は彼の手がけた最初の複雑きわまる怪事件だったのだが、その解決はさらに27年たって、エラリイが50の坂を越した1957年にならなければ、つかなかったのだ。
(裏表紙のサマリ)

 1929年のクリスマスのことに触れておくと、残された男子が25歳の誕生日を迎えるころで、かれは後見人、フィアンセ、出版社社長、弁護士、牧師、友人数名、エラリイなどを自宅に招いて12日間のパーティを開いた。目的は、彼が最初の詩を出版すること、結婚式を挙げること(牧師をそのために呼んだ)、遺言の指定により財産を相続すること、そしてもうひとつの隠された意図のため。ちなみにエラリイは「ローマ帽子の謎」の成功によって、残された男子(=印刷会社社長)と知り合いだったため呼ばれた。人の出入りのできない吹雪のクリスマスの夜、サンタクロースがやってき。そのドサクサにまぎれて、残された男子の死を予告するプレゼントを見つけるところから事件は始まる。プレゼントは下手な詩と、奇妙な内容(模型の家、ぬいぐるみ、人形、釘など)だった。それは12日間続く。間に、屋敷に侵入したらしい誰も知り合いのいない死体が見つかる。そして最後の日に残された男子の死体が発見される。
 ダネイとリーの共作による最後の作品(という)。1957年という時代にあって、「吹雪で閉ざされた山荘」テーマを最後の舞台にしたというのは奇妙なこと。彼らの初期作品には「シャム双子」「十日間の不思議」そのたの同じテーマがあったなあ。奇妙なプレゼントも彼のこだわった趣向。なにかの短編と「悪の起源」あたりかな。そんな具合にクイーンのヒットソングメドレーみたいな作品になった。問題は、それがカタルシスに届かなかったということかな。奇妙なプレゼントの意味するところは、なんともどうもねえ、というものだったし、さらばエラリイ、と万感胸に迫る場面もなかったし(その点、クリスティはよくやった)。
 かつて読んだときには、それから25年、それから27年というのは間が開きすぎではないか、そんな昔のことを人は記憶しているかと思ったが、そんなことはないよ、しっかり覚えているものだ、と50を迎えた年齢になると納得する。面白かったのは、1929年のパーティ出席者のその後が語られていること。うまくいった人もいれば、そうでない人もいる。よい生活をその後送れるかは、あるときある場所での魅力で決まるのではないよ(たとえば、残された男のフィアンセは婚約を解消、西海岸に行くが零落したらしい。エラリイに粉をかけていた若い女性は外交官夫人となりとても肥えてしまった)。そんなところも納得というか身に迫るできごとになる。(ジョン・アーヴィングガープの世界」「ホテル・ニューハンプシャー」が登場人物のその後をエピローグに書いていたのを思い出す。)
 あと舞台が1929年の12月とされていて、その時代の出来事を正確に写し取ろうとしている。そのころのブロードウェイの出し物、封切りされた映画、ベストセラーの出版物、ワールドシリーズの勝者、ニューヨークの市政、その他が細かく描かれる。むしろこれを書きたいがための、12日間の閉ざされた屋敷と閉じ込められた人々のおしゃべりではないかと思いたくなる。