odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「顔」(ハヤカワ文庫)

”自分の声を演奏する”といわれた歌手、グローリーは莫大な財産を築いた後に引退していた。その彼女が何者かに拳銃で射殺されるという事件が発生した。現場には、―― face ――の文字が書き残されていた。エラリイはダイイング・メッセージの謎を解き明かすことができるのか?
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 また、やられてしまった。こんなにシンプルな謎なのに。「ボカぁ、駄目だな」と田之上太郎(@ああ爆弾by砂塚秀夫)のようにぼやきたいのだが、そこは「これは私の望んだ仕事ではない」とマイケル・ペイリンが嘆いた後「Never Mind」と立ち直ったように(@モンティ・パイソンの職業紹介所スケッチ)、ボケや失策をしたら回復することにしよう。
 さて、上記のサマリにいくつか付け加えると、1930年代の歌姫は莫大な資産を持っていて独身だった。稀代の女たらしが彼女と結婚したが、5年間は遺産を上げないよという条件をつける。5年がたち、女たらしは彼女の目にかなった若い女優に目をつけ、グローリーを殺してくれと頼む。そうすれば受け継いだ遺産で優雅に暮らせるのだ。しかし、彼女はエラリーに犯罪計画の話を持ち込んだ。大晦日の前日の夜、若い女優は泥酔した女たらしに部屋に駆け込まれたのだが、その時刻にグローリーは射殺された。サマリーのように「face」の文字を残していた。余計な事態をのぞくと、話はこれだけだが、女たらしが別の女にちょっかいを出していた事件の捜査のためにスコットランド人の探偵が訪米してエラリーと同居するわ、彼は若い女優と不器用な恋愛をするわ、グローリーの姪が見つかって歌手として成功するわ(1967年にミュージカルで成功するというのはなかなかに困難ではないですか、何しろレコードとテレビの時代ですよ:彼女の最初のリサイタルはローマン劇場で行われた。おお、1929年にエラリーの最初の成功があった劇場ではないか)、その姪は莫大な遺産を受け継ぐわと、周辺は大変にやかましいことになる。一時期は姪の歌手に嫌疑がかけられ、裁判が始まるが、ある浮浪者の証言で無罪となったりもする。
 同じ感想の繰り返し。エラリーのかかわる事件は、常にブルジョワや資産家、社会的に成功を収めた者たちが主人公になる。ガルブレイスのいう「ゆたかな人びと」に起こることだ。彼らの保守性、閉鎖性、他者への無関心、そんな気質が古い探偵小説の香りをかもし出すことになる。ここでは浮浪者が重要証言をもたらすのだが、登場人物の誰一人として、彼への同情とか社会批判などを口にしない。せいぜい彼らは仕方なくそうなったのだ、と憐憫する程度。もちろん探偵小説の枠組みにおいてはそういうものだ。
 これが1967年ではなくて、1930年代に書かれていたら会心作になっていただろう。でも、ハメット、チャンドラー、マクドナルド、あるいはアイリッシュのあとでは、古い、古すぎる。アドルノをもじれば、「第二次大戦のあとに、本格探偵小説をアクチュアリティをもって書くことは野蛮である」ということになるのかしら。クイーン風にリアルに描こうとすると、出来上がったものはおとぎ話にようになるのだ。謎と論理の小説は、人工的な世界を仮構することで、そこにおいてしか成り立たないのかしら。ボストンにいながら訪問したことのないパリを仮構したポオの「モルグ街の殺人」自身がそういう人工的で反リアリズムの小説だったのを思い出すと、なんとなく正しいような気がする。