odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「三角形の第四辺」(ハヤカワ文庫)

売り出し中の作家デイン・マッケルは、母の打ち明け話に耳を疑った。厳格勤勉な大実業家の父に女ができたというのだ。まさか・・・デインの驚きは、やがて母への同情に変わった。古風で世間知らずの母を救ってやらなければならない。父の浮気をやめさせるため問題の女シーラに近づいたデインだったが、デートを度重ねるうちに、彼の心はシーラの魔力のとりことなってしまう。そんな矢先、シーラが自宅で何者かに射殺されたのだ。男女の愛憎のもつれが引き起こした難事件に挑んだクイーンが、苦慮熟考を重ねた後に探り当てた意外な手がかりとは?
三角形の第四辺 - エラリー・クイーン(移転しました)

 事件に関係する登場人物は4人。先祖代々の遺産を使って事業を拡大してきた勤勉な労働人アシェントン、ビクトリア朝風のモラルを守っている妻ルーテシア、数代目にして始めて現れた趣味人で勤勉モラルを自分のものにしない現代人デイン、自分の魅力と服飾デザインの才能でニューヨークを伸してきた美人シーラ。上記のようにアシェントンは妻の目を盗んで不倫を行い、それに気づいた息子が不倫を止めようとして愛にかわってしまう。妻であり母であるルーテシアは引きこもってしまった。あるとき、シーラがデインの求婚を拒否した一夜に、殺人が行われる。以上が第1部。マッケル家は17世紀初頭の移民にまで遡るのが、語られる一家の事業拡大の話はすこし歴史とあわない。アシェントンの父は海運と鉄道で財をなしたというが、それは19世紀半ばから末にかけてで、アシェントンの事業(タバコ、カカオ、砂糖の輸入など)も1930年代にふさわしい。というわけで発表は1965年だだその同時代に思えないのだ。閑話休題
 その後、アシェントン、ルーテシア、デインがそれぞれ逮捕され公判に付される。主題は、それぞれのアリバイを立証することだ。アシェントンはバーに立ち寄ったらしいが、記憶がない。デインは父の秘書と一緒にバーをはしごする(まるでアイリッシュ「幻の女」)。ルーテシアは電話を受けたはずだが、記憶がない。偶然が幸いしてアリバイが立証される。デインの場合はクイーンの推理がさえて「意外な手がかり」の発見で真犯人がみつかる。しかし重要なことをこれではない(というより、こういうあいまいな状況証拠だけで公判に持ち込むことはないだろう、クイーン警視。裁判所で恥をかく前に、同じ調査を警察自身がしたはずではないか。というわけでミステリとしては現実味のない、おとぎ話になった。「意外な手がかり」だけで真犯人を指摘するとしても、現実世界では逮捕すらできないはず)。問題は、家族の悩みが顕になること。父権の持ち主アシェントンは身体的な悩みで自信を喪失しているし、妻ルーテリアは夫のいいなりになる意思のない女性とおもわれながらも、現実の悲惨さに対決する意思を勇敢に示す(ただし、これはヴェイユの「受苦」そのもので、自分を悲惨な場所に追い込むことになる)。デインは父権から逃れるオイディプスであろうと苦慮しながらも、その影響力から脱出していない。こういう家族の問題が事件を通じて浮き彫りにされるのだ。結局、ロス・マクドナルドのハードボイルド小説のように家族は崩壊し、父も妻も息子も孤独に追いやられることになるのだった。例によって、事件は大富豪の家に起こるので、冷ややかな観察者はいない。それがより悲惨さを増すかもしれない。(エラリーはスキー事故による両足骨折でアームチェア探偵であることを余儀なくなれるが、「現場」をみない純粋推理とか観念もてあそびは遊戯になり、時として人を傷つけるということかしら。)
 設定は「中途の家」で、展開は「緋文字」なのかな。1950年以降、クイーンの小説はますますハードボイルドに近づいていくが、これもそういう傾向の一冊。ただし、ダネイとリーのオリジナル・クイーンが書いたかどうかはよく知らない。1965年作。