クイーンが手に取った受話器から聞こえてきたのは「殺される」というジョニー・Bの断末魔の悲鳴だった・・・ 華々しい社交界の旋風の中でしか充足できなかったジョニー・B。そんな彼が三人の元妻たちをライツヴィルの別荘に呼び集め、遺言状の書き換えを発表するというまさにその前夜の出来事だった。無残に惨殺されたジョニー・Bの謎に満ちた死と書き換えられないままの遺言状が引き起こす醜い争いは、たまたま別荘の別棟に逗留していたクイーンの飽くなき好奇心を刺激するに充分な事件だった。
もう少し状況を説明しておこう。大富豪の子供として生まれたジョニー(吃音癖がある)は、友人アル・マーシュを専任弁護士として事業を拡大し、年中世界旅行を楽しんでいる。まるでオナシス一家のようだ。ジョニーの奇妙な癖は、自分よりも大柄な女性を妻にしては、半年もたたずに離婚しているということ。さらに、クイーンが心のよりどころにしているオールドアメリカを体現しているライツヴィルに広大な土地を買い、別荘を作っていたことだった。
さて、事件の前夜、サマリーのように新しい遺言状を発表するのだが、それは元妻の相続分をなくすというショッキングなもの。当然、全員怒るが、弁護士アルの弁舌は反論を寄せ付けない。まあそれぞれ愚痴をたれ、酒を飲んで就寝する。なお奇妙なことに、元妻の大柄な体にあわせた毛皮のコート、緑色のかつら、白の手袋が盗難されている。その夜、エラリーはジョニーの電話を受けて、「ホーム・・」という最後の言葉を後に、死んだのを聞く。事件現場を調べると、非常に多くの服がつるされていて、一着失われていた(ことにようやく終盤で気づく)。
以上、問題編終了。この後、元妻たちの遺言状無効の申し立てとか、ジョニーの隠し子を持っているとか、それぞれが策を凝らす様子が描かれる。途中、ある元妻の再婚の相手が深夜の公園で刺殺されるという事件がおきたり、弁護士アルがなぜかジョニーの元妻と結婚するという仕儀にいたる。ああ、そういえばジョニーの姪で今は零落した娘も発見されたなあ。
サマリを書いてみると、まるでクイーンのセルフパロディだな。奇妙な遺言状が巻き起こす混乱というのは「Yの悲劇」で、衣服の紛失は「スペイン岬の謎」で、チャーミングな予期されない遺産相続者の登場というのは「ダブル・ダブル」、言葉によるダイイングメッセージは「顔」、まだまだあるだろう。そんなわけで、クイーンの昔からの読者は、まるでライツヴィルに来たかのようにオールド・スタイルのミステリをニヤニヤと読むことになるだろう。
原題「彼の人生の最後の女性」というのは、例によってダブルミーニングになっていて、彼が最後に愛した女性でもあり、最後に会った女性のいいでもある。それを思い起こすと、読後感は苦くなる。その理由は、犯行の動機にある。1960年代には人種などさまざまな差別撤廃の運動があり、ときとして激しい暴力抗争が繰り広げられた。結局、マイノリティの主張は認められなければならないというところに落ち着いていく。そういう考えは1970年(本書初出)でだいたい社会のコンセンサスになっていたとおもうのだが。いくらなんでも本書で書かれた動機は保守的すぎないかな。あるいは皮肉とか偏見を持った書き方になっていないだろうか。ここら辺が読後感を苦くする原因。
例によってダネイとリイのオリジナル・クイーンが書いたのものかは知らない。たぶん違う。