odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「カリオストロ伯爵夫人」(創元推理文庫)

ラウール・ダンドレジーは、二つの組織が追う莫大な宝石のありかをめぐる抗争に巻きこまれた。天性の美貌と才智に長けた悪の華、妖しい魅力をもつカリオストロ伯爵夫人とは何者か? そして中世の修道院の財産の行方は? クラリスへの思慕を胸に秘め、若きアルセーヌ・リュパンが財宝の謎をめぐって繰り広げる、妖魔との血戦。
カリオストロ伯爵夫人 - モーリス・ルブラン/井上勇 訳|東京創元社

 これとか、モーリス・ルブラン「緑の目の令嬢」(創元推理文庫)モーリス・ルブラン「二つの微笑みを持つ女」(創元推理文庫)が、映画「ルパン三世カリオストロの城」の下敷きになっているのがわかった。この小説の設定が映画に移管されたものとして、主人公ルパンの20代の駆け出し時代が描かれることとか、「クラリス」「カリオストロ」などの命名だとか、古代の財宝探しとヒロインが記憶している暗号だとか、まあそんなところ。
 冒頭はとても魅力的。ある強盗団が女を拉致して訊問するのだが、彼らの調査によると1900年ごろに時代にありながらその女は30年まえにも、100年前にも、もっと昔から同じ容姿でもっていたらしい。そして政界の暗部に紛れ込んで、絶大な影響力を発揮したという。おお、実在のカリオストロにしても、不老不死を名乗り、フランス革命前後のどろどろした貴族社会をたくみに(?)泳いできたのだった。オカルトと伝奇の入り混じった不思議で、とても楽しみな冒頭。さらに、水死させられることになった女をラウールが救出するところは、前半の盛り上がりとして十分に面白い。
 そのあとラウールがその女、ジョジーヌに言い寄るところから自分にはトーンダウン。先の強盗団とジョジーヌの争いにラウールが入り、さらにジョジーヌがラウールの裏をかいたり、別の目論見をもっていたり、とこのあたりは長々しくて、没入できなかった。しかも冒頭の歴史的な謎もどこかにうせてしまい、小賢しい解決しか提示できない。
 ところが残り3分の1となったところで、中世の坊さんたちが隠した財宝を彼らが追いかけていることがわかり、かつ財宝の隠し場所に関する暗号が出てくるところから一気に面白くなる。たぶん本文を読んでいるだけでは暗号は解けないと思うので書いておくと、この財宝の隠し場所に関して7つの僧院、修道院が関係している。それを地図にプロットすると北斗七星のかたちになるのだ。そこに「アルコール」ということばがキーワードになることがわかり、一気に隠し場所が明らかになる。舞台はおそらく南フランスと思われる。そこは中世カタリ派の中心地で彼らが滅亡した際に財宝を隠していたという伝説のあるところなのだ。さらにはテンプル騎士団など中世の秘密組織も財宝を隠したという伝説もある土地。そうしてみると、この土地はオカルトあたりと親和性が高い。さらに、地図上の北斗七星の形うんぬんはいわゆる「レイ・ライン」の思考と重なるのであって、この国に紹介した荒俣宏の著書でもたしか南フランスのレイ・ラインに触れているのだった(「レックス・ムンディ」なんていう伝奇小説も書いている)。作者の仕掛けたものは、実社会の伝説やオカルト思考に寄りかかる形で作品に入っているのであって、読み手もまたそのあたりにまで思いをはせるのがよろしい、ということ。(1924年発表)
 あと、面白かったのは、ラウールとジョジーヌ、クラリスの関係がモーツァルト魔笛」のタミーノと夜の女王、パミーナの関係にそっくりなこと。ラウールは両親を早い時期になくしている。父の英知や頑健な健康を受け継いだが、母のことはほとんど知らない。彼は母性に飢えていたのだった。それがジョジーヌに一目ぼれした原因かな。若いが無知な青年ラウールは最初の母性の主ジョジーヌに引かれる。その庇護というか愛の世界にあるのだが、その母性は息子を閉じ込めるものである。また彼に近づく若い女に激しい嫉妬を持っている。そのうち、ラウールは母性の世界の外に出て、別の愛の形とか社会経済の成り立ちなどを知り、自立しようとする。そのとき、母性は彼の邪魔をするから、克服ないし打倒するものになっていき、あるとき母性の残酷さに触れることによって(それはまるで嫁による姑いじめみたいなこと)、ラウールはこの母性を拒否することになる。そして新しい愛に入ることになる。このあたりのストーリーの展開が魔笛のそれだし、登場人物の意味づけと一致していた。あいにくラウールにはザラストロとか弁者のような知恵の導き手はいなかったので、彼の母性克服の旅はまことに陰惨な事態にもなってしまったのだが。
 なお、この小説によると、ラウールは結婚し子供ももうけるが、産褥で妻を亡くし、子供が誘拐される。そこから彼のニヒリズムアナーキズムが生まれ、義賊の生活に入ることになったのだ。彼の行動や仮面の人格は喪失を埋める為の行為になるわけだね。なんとなく理解はできるが、共感には至らない、というところ。独身者にはしかたないか。