odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「続813」(新潮文庫)

 「謎の人物LMの手によって刑務所に放り込まれたルパンは、持ち前の沈着果敢さで警察陣を翻弄して脱獄に成功。全ヨーロッパの運命を握る秘密を解く鍵が必ずあるに違いない。が、またしてもLMの恐るべき刃は先回りしていた。LMとはいったい何者なのか? ルパンの鋭い追及の前についに姿を現したその人物は意外にも・・・(裏表紙のサマリ)」

 刑務所に閉じ込められても意気軒昂なルパンは保安課長の肩書きを使って、事件の鍵となる人物の救出を指図する。間抜けな警察にはみつからないので、陣頭指揮をとることになり、みごとに救出。ここで「実はどこにいるのか、わしは知らんのよ。これから推理する」というケレンもなかなかに小気味よい。挙句の果てにはおしのびで国境付近にいた皇帝と秘密の会見。なにしろ皇帝(カイゼル)は公開されては困る書簡をLMに握られているのだ。ルパンは自分の自由と引き換えに書簡を回収しようと取引する。皇帝はルパンの自由はコントロールできないので、アルザス・ロレーヌ地方の返還を持ち出すが、ルパンは拒否。ふむ、先年の普仏戦争の敗北によりいつくかの地域が彼の国に委譲されてしまったのだ。そこからドーデの「最後の授業」のようなナショナリズム文学もおきている。初出は1910年。ルパンは愛国者であるが、隣国との関係は険悪ではない。それが数年後の「オルヌカン城の謎」になると隣国の描写がまったく転換してしまう。重要なところではないが注目しておこう。
 さて、皇帝の前に見栄を張ったものの、推理の末に見つけた隠し場所には書簡はない。LMが先回りしていたのだ。鷹揚な(しかし緊張して困っている)皇帝はルパンを許し、自由を与えた。ルパンはプライドのためにはたらきにでることにして、事件のルイとラウールのマルライヒ兄弟が黒幕であると判断する。しかしとっ捕まえたルイは貝のように黙りこくっているし、LMはルパンの裏をかいて睡眠薬を飲ませて邪魔をするし、いいところがない。とある深夜、ルパンの待ち構えるところにLMが忍び込む。
 こうして上下2巻にわたる大冒険が終了した。うーん、意外な犯人とカイゼルまで登場するスケールの大きさには感心したものの、ストーリーがぐちゃぐちゃだな。まあ、連載小説の運命なのだろう。細部はたくみでサスペンスフルであっても、一気に読み通してみたとき、つじつまがあわなくなっていくというのは。重要な登場人物は物語の途中からでてくるしね。
 最大の問題はルパンの失恋というテーマがきちんとかかれていないことかなあ。ドロレスという未亡人とジュヌヴィエーブという二人の美女が登場して、ルパンはそれぞれに恋慕しているらしい。でも濡れ場はないし、彼女らの危機をルパンが救うわけではない。どうにもルパンを読んだという気になれなかった。
 それでいてルパンの失望は非常に深い。自分の名声を捨ててしまい、人生に絶望する。あいにくと命を捨てることのできないルパンはモロッコのフランス旅団にスペイン公爵ルイス・ペレンナと名乗って志願する。このときの経歴が「金三角」その他のルイス・ペレンナものに生かされるというわけだ。逆に読んでいる自分には、この経歴が前の作にあることをしらなかったので、これは驚き。妄想をたくましくすれば、ルパンのパーソナリティに飽き飽きしたルブランが、それでも編集者と読者の機嫌を損ねるわけには行かず、こうやってルパンを「殺す」というのが必要だったのだろう。それが後の作で成功しているかどうかはわからないが。
 どうでもいいことだけど、悪役の名前は「マルライヒ」。魔夜峰央パタリロ」の副主人公の名のでどころがようやくわかりました。のこりは「パタリロ」本人だけだな。
<参考:パタリロの登場人物の由来>
山口昌男「道化の宇宙」(講談社文庫)
ジョン・ディクスン・カー「絞首台の謎」(創元推理文庫)