odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「二つの微笑を持つ女」(創元推理文庫)

ジャン・デルルモン侯爵邸に忍び込んだラウールは、未解決のまま謎とされている15年前の惨劇――凶弾に倒れた歌姫の死に、侯爵がかかわっていることを知った。果たして事件の裏に潜むものは何か。瓜二つの金髪の美女。ギャングの親分を追うゴルジュレ警部。いとも鮮やかに事件の謎を解いていく、怪盗紳士リュパンの大活躍。
二つの微笑を持つ女 - モーリス・ルブラン/井上勇 訳|東京創元社

 ルパンもののストーリーにはかならず過去に起きた事件がかかわっていて、過去の事件に関する情報は小出しにされるから全体をつかむのがなかなか難しい。というのは、現実のストーリーがしばしば混乱しているから。まあ、いいや。古い話は上にあるような世紀の美女にして歌手が、衆人環視(本人の姿は見えないし、しかも夜、ただし周囲には誰もいない)の庭園で凶弾に倒れ、身に着けていた首飾りが紛失したということ。リュパンによると「犯人はペルセウス」(事件のあったのは8月13日ころ)。うーん、反則ぎりぎりの解決ですね。奇想天外、という点では、これはとんでもない発想だ。1929年の作なので、この時期に天文学の流行でもあったのかしらん。
 で、現在の事件は、というと売りにだされた城館の謎をめぐって(過去の殺人で紛失した首飾りやなにかの遺産の争奪戦)、侯爵とギャングと警察とリュパンが美女の追いかけっこをする。混乱するのは、瓜二つの美女がいて、それが二人なのか一人なのかわからないということ。まるで、相互に連絡を取っているかのように、意外なところに意外な姿を現すものだから、混乱はリュパンですら避けられない。物語3分の2でギャングの親分は失脚、子分は囚われの身となり、一時的に殺人犯とみなされた美女もその咎を受けることはないということになり、リュパンは美女の愛を得られるが、なぜか身を引いて再度放浪の旅に出る。一時期は、彼女の愛を得るために大金を侯爵に提供したのだが。(実は別の美女の愛を獲得)
 この小説では一人二役が頻繁に現れる。一人二役リュパンの得意技なのだが、この小説だとほぼすべての主要人物が二つの名前と二つの拠点を持っていて、別の人生を送っている。二つの仮面をもって交互に入れ替えているうちに、全員がどうやら自分の真の顔や姿を失ってしまったらしい。ひとつの仮面の正体が暴かれたら、彼や彼女は真の顔や姿を表すのではなく、別の仮面をかぶることになる。リュパンの時代になると、19世紀的な「真実」「真理」なんかはないのだよ、仮面と代替可能なイデオロギーがこの世を制覇しているのだよ、ということになるのか。いくら暴いても真の顔を持たないリュパンに19世紀の真理と正義の人ホームズは勝てないよな、やっぱり。

2011/06/03 久生十蘭「ジゴマ」(中公文庫)