odd_hatchの読書ノート

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福永武彦「風のかたみ」(新潮文庫) 平安末期を舞台にした伝奇小説。恋はすれちがい破れた心はつながらない


 時は平安も末のころか。信濃を旅立った若者・次郎信親は、母の妹を訪ねて京の都にでる。願いは田舎でくすぶるのではなく、都で己の運を試すこと。途中、奇怪な陰陽師とであい、あわせて稀代の笛作りから名品を強引に譲り受けたところから事態が変わる。陰陽師はその笛をもつことは身に不運を招くことになる、お主は己の身一つを頼りにせよ、とたしなめるも、剛勇にして笛の名手・次郎はそれを聞かない。京では中納言の屋敷勤めをすることになり、そこで母の遠縁にあたる荻姫に一目ぼれする。しかし、荻姫は一夜であった左大臣の子・安麻呂に心惹かれている。次郎は荻姫の心を得たいと始めて自分の望みを知るが、身分の違いのゆえにはかばかしくない。荻姫は宮廷に入内することになっているが、安麻呂と一度会いたいと次郎に願う。次郎は安麻呂を訪れるが、この軟弱な貴族の息子は妹も入内することになっていて、お家のために荻姫の求愛を断る。ついにここに次郎は、己の心の赴くままに行動することにし、荻姫を屋敷から連れ出すしだいとなった。京の東南にある阿弥陀峰のふもとの簡素な屋敷で、次郎は姫に本心を打ち明けるが、荻姫は心を閉ざしている。
 おりしも、京を荒らす盗賊・不動丸も荻姫に懸想しており、姫を我が物にせんと、次郎に挑戦状をたたきつけていた。屋敷は不動丸の手のものによって発見され襲撃される。次郎は打ちひしがれて姫を中納言のもとに返すために不在であったために難を逃れたが、郎党および姫の侍女・弁を殺されてしまう。次郎は検非違使に自首し獄にとらわれていた。
 笛師の娘・楓は、次郎が笛師のもとを訪れるたびに、彼への恋心を打ち明けたていたが、次郎はそこにはむかわない。次郎が獄舎にあることを知ったとき、楓は奇怪な陰陽師の元をたずね、次郎救出を依頼する。姫の奪還と次郎を郎党に迎えたい不動丸も、次郎のつながれた獄を襲撃する。ここで、不動丸の驚愕の正体が明らかになり、また楓の本心・次郎の本心・不動丸の本心が交差しあう。しかし、一度破れた心はつながらず、火炎の中で彼らは自滅していく。
 主題は愛のすれ違い。次郎は姫に、姫は安麻呂に、安麻呂は姫に、楓は次郎に、不動丸は姫に(ついでに次郎の郎党の老人は次郎の母の妹・妙心尼に)それぞれ恋心を持っているものの、身分やら思惑やら、タイミングの悪さ、ときには自分の心を閉ざすことによって、どの恋も実らない。すれ違いもあったし、恋に目がくらみ他者への思いやりをなくし、状況判断を誤ったりする。まこと人の心は不思議なものよと、作者の昔ながらの主題が王朝の時代でも繰り返される。
 面白かったのは、作者の手馴れた書き方をあえてしないところ。主人公や脇役には珍しく行動的な人物が配置され、うじうじと悩むところはあるものの行動することを選択したとき、それを躊躇しない。こういう人物は彼の小説ではとても珍しい。内面描写をほとんど行わない(カタカナで内話を語らせたり、哲学をかたらせたりすることがない)。作者は姿を見せず物語を語ることに徹している。
 タイトル「風のかたみ」は、恋とは風に吹かれて遠くへ飛んでいく己の欲望を追いかけるもので、物語はそのかたみであるという諦念と孤独であるということか。何を言ってるんでしょうね、自分は。
 1968年の作。


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 1996年に映画化されていたそうな。全然知りませんでした。監督の高山由紀子氏は「メカゴジラの逆襲」の脚本を書いた人として名前だけ知っていました