odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大岡昇平/埴谷雄高「二つの同時代史」(岩波書店) 1909年生まれの二人が70代前半に対談する。拘留・収容所経験を共通する二人は戦後文学をを作ってきたという自負があった。

 1909年生まれの二人が1982-83年に雑誌「世界」で連載した座談を収録。作風から発表場所からずっと異なるところにいたので、接点はないものと自分は思い込んでいた。でも、同じ年に生まれたことと、戦前の東京で青春を過ごしていたことあたりが共通点になって、話がはずんでいる。70代前半という年齢で、もはや彼らをしかる先輩も揶揄する同僚もいないとなると、毒舌をはくことも心のなさしめるままで、それもまたおもしろい。自分がそのような年齢になったとき、毒舌に皮肉におおぼらをふいてそれも芸のうちとちやほやされる境遇になれるのかしら。
 たしか、埴谷が60年安保の国会正門前のことで吉本隆明に触れたら、事実と違うと反論されたのではないかな。いっぽう、大岡は中原中也小林秀雄の戦前の暴露話をしているけど、存命の関係者がいなくて(吉田秀和くらい?この対談には登場しない)、事なきを得たのかな。吉田健一石川淳も「近代文学」をめぐってそうとうにいやなことを暴露されているが、気にしなかったのかな(石川淳は存命中)。

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・1909年は明治42年の生まれ。20代が1930年代に重なり、この時代の思い出話がおもしろい。ふたりとも東京の大学にいて、語学をやっていたのだが、ゲームもネットもない時代となると、交際は徒歩で友人宅を訪れることになり、大学を超えた関係ができる。そして次にやることはblogをつくることではなく、同人誌を出すこと。この二人に限らず多くの学生がたくさんの同人誌を出し、その離合集散の模様は文学研究の一分野にもなっているかな。しかも同人誌は大学の教官や若い作家にも読まれていたのであって、そうなると世代を超えた関係が生まれている。それは彼らの10歳ほど年下の堀田義衛、福永武彦田村隆一加藤周一でも同様。なるほど、旧家のぼんさんか官僚の息子か資産家ののらくら息子が集まっていたとはいえ、大学進学率が10%にも満たない時代、彼らのエリート意識というか勉学集中の意識というのは非常に強い。それに卒業をしたあとでも交友関係は残っていたと見え、学生から独身時代の知り合いがいまどうなっているかを二人ともほぼ把握しているようだ(なかには代議士や企業経営者になるなど二人の仕事と関係ないことをしている人も含まれる)。これはなかなか難しくて、自分は学生時代の知り合いの行く末はほとんど知らない。ネットでは同窓生検索サイトがあるというから、自分と同じように学生時代の交友が絶えた人は多いのだろう。出不精になったのか、まめでなくなったのか、コミュニケーションスキルが落ちたのか。

・対談に出たのは、二人が拘留・収容所経験を持っているという共通点。なるほど、埴谷は再建共産党の幹部になり即座に逮捕拘留され、何度も予防検束を受けている(結核をもっていたので徴兵されていない)。大岡はフィリピンに派遣され、6ヶ月の軍隊経験のあとマラリアで倒れているところを発見され収容所に11ヶ月抑留された。このような強制的な行動の制限、社会階層がごったまぜになった集団の共同生活、理不尽な暴力の行使、などを体験。幸い、二人ともフランケル「夜と霧」のような深刻な精神状態にならなかった。でも、そこにとらわれているのであって、後の大作(埴谷「死霊」と大岡「レイテ戦記」)では死者のことを書くことになる。

・「戦後文学」を作ってきたという自負があって、中盤はそれが主題。では、「戦後文学」はどのような分野かというとどうもこの二人の対談ではあいまいであって、それは評論家でもそうかもしれない。「戦後文学は昭和26年で終わった/いや終わっていない」「第三の新人は戦後文学であるか否か」「太宰治坂口安吾、あるいは大江健三郎高橋和巳は戦後文学に入るのか」みたいな論争もあったようだし。個人的な感想を繰り返すと、「戦後文学」がこの国の文学の作品の中ではもっとも面白い。なので、できるだけ読むようにしているが、どうにも手に入らない。戦前の作家のは青空文庫でも読めるようになっているのにねえ。

・初読の時に、この二人の著書は「野火」以外読んでいなかった。それでもこの本を面白く読めたのは、この対談に登場する中村光夫佐々木基一本多秋五荒正人、大井広介などの評論家を新潮文庫や角川文庫の解説者として知っていたから。だから別に苦労するということはなかった。今では、高校生の必読日本文学の文庫解説者はたぶん総入れ替えになっていると思うので、この本を読む若い人は別に勉強しておかないとわからないだろうな。すでに30年前の対談だし、二人の生誕百年もとうに過ぎたことだし。

 

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