odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

笠井潔「サイキック戦争」(講談社文庫) 日本の根っこにつながる一族の血に覚醒した英雄が人類の巨悪=ファシズムを打倒して宇宙革命に参加する。

あなたは炎の竜に君臨する王者――謎の女の言葉はいったい何を意味するのか。呪われた地を封印するべく信州山深く籠っていた竜王翔は、虐殺と地獄絵さながらのカンボジアに潜入。密林の中で翔と<金色の目の男(レジュー・ドール)>との超能力が激突する。未完の超能力アクション巨編、大幅加筆を経て文庫版で遂に登場。

 自分の読んだのは1993年初版の講談社文庫版による第2版。このあとさらに加筆されて2分冊で同じ文庫から出ている(品切れの様子)。モチーフはいろいろ他の小説と関連していて、<金色の目の男>なる謎の人物による秘密結社というのは矢吹駆シリーズに通じ、縄文時代からつながる<真の木>なる闇の一族の末裔というのはヴァンパイア戦争シリーズに通じ、身内の裏切りで兄弟姉妹を殺され復讐を誓うというのは「復讐の白き荒野」かな。重要なのは、人類の飛躍的進化という思想(というか設定)で、そこに宇宙的な意思というか宇宙革命に参加するために人類の意識変革が必要、というのは、作者の好きなコリン・ウィルソン「賢者の石」の変奏になるのだろう。

 さて、第1部は竜王翔の覚醒まで。パリで自堕落な生活を送る翔に<金色の目の男>が使命を伝える(「熾天使の夏」だね)。急遽、帰国した翔は革命組織を作り上げるが、陰惨な内部リンチを起こして崩壊(連合赤軍事件を変奏。ただし、この主題は「熾天使の夏」ほど突き詰められていない)。逃亡した翔は冬山に籠って、身体の訓練にいそしむ(ヴァンパイア疾風録のKGBの訓練施設を想起させる)。姉の失踪を予知して、山を降りる。そこにすぐさま<真の木>一族が接触して、彼の奇妙な出自と伝説の話をする(ヴァンパイア戦争と同じ話が繰り返される)。失踪した姉を追って、サイゴンに侵入。あたかも1975年のサイゴン陥落前夜。彼の周りにCIAとか南ベトナムの秘密警察がまとわりつき、解放戦線のリーダーからは「枯葉剤作戦」の背後にある陰謀があることを知る。この事件を世界に暴露する証言者を求めて、さらに敵地に潜入。当然のごとく、裏切り者によって捕らえられ(ここは九鬼とは違うな)、ベトナムの密林に作られた秘密研究所でさらに巨大な陰謀を知らされる。ここで翔が謎の巨大な力の持ち主、しかしまだ覚醒していない、であることが知らされ、試練を受ける。姉とその娘の死を目撃したことによって力が覚醒(柴田昌弘「ブルーソネット」かな、あるいは大友克洋AKIRA」かな)。
 第2部は、すぐさま復讐をするのではなく、半分がフランス編。第1部の終わりで翔は、フランス脱出のときに捨てた女(および自分の子供)を奪還することをちかう。そのためにカンボジアに帰国した女の情報を得るために、フランスに戻るのだ。ここでは二人の男が翔に協力を申し出る。一人は、元特殊部隊の兵隊であった巨漢、もう一人はサイゴン陥落とカンボジアの共産政権誕生を見届けたジャーナリスト。ここでは陰謀団の片割れが左翼革命組織として、翔たちを付けねらうことになる。最終決戦の場はピレネー山中の廃城。駆シリーズ「バイバイ、エンジェル」「サマー・アポカリプス」の舞台でもあるところ。そして、翔はサイゴンに潜入し、捨てた女の奪還のためにベトナムカンボジアの国境付近の「強制収容所」に潜入する。1970年代後半のポル・ポトらによる虐殺行為が執拗に描かれる。翔は「なぜ革命はそれ以前の国家よりも抑圧的で残虐な権力を作り出すのか」と嗚咽することになる。きつい言い方をすると、この時代の翔はこの国の革命組織で内部リンチを起こしたわけをまだ充分に考え抜いたわけではないことになる。そして捨てた女を収容した監視所に対するアタック・アンド・エスケープが第2部のクライマックス(えーと、ヴァンパイア戦争のアフリカ編の圧縮版だな)。<金色の目の男>の最初の遭遇戦と手痛い敗北。ここで第2部が終わる。
 第3部にあたる<金色の目の男>へのリベンジが「第7章」として文庫化の際に付け加えられた。せいぜい百枚くらいであるので、相当の駆け足。興味深いのはふたつ。ネパール山中での修行が簡単ながら描かれること。駆シリーズではネパール山中の悟りが重要な転換点として書かれたのだが、詳細はそのシリーズにはない。ここにはある。老子との師弟関係もある。不十分なものであるが。もうひとつは、二人の子供のイニシエーションが「力」の発現に重要であるという話。これは「黄昏の館」の何かの結社での秘密儀式に通じること。また、真の力の獲得にはだれかの犠牲が必要になるというモチーフがあり、これは九鬼のヴァンパイア・シリーズで繰り返される。いかんせん駆け足に過ぎ、連合赤軍事件、革命政権による虐殺などという現実の事件に対する批判的な思考は不十分だし、ストーリーも駆け足になった。消化不良とはいえ、これらの「問題」を主題にした小説はまずこの国では書かれていないから、未完で失敗作であることを除くと傑作ということになるかしら。
 そのあと第3稿が発表されているらしく、このあたりの書き込み不足はどのくらい解消したかしら。
 翔はアクション小説の主人公であるには受身に過ぎるかな。特殊な拳法を習得し、武装革命組織に所属したとはいえ、職業的な訓練を受けたわけではない。逡巡し、迷い、パニックで混乱し、行動に移せず、誰かの叱咤と激励を必要とし、ほぼ利己的な動機を規範にしているというところは人間的であるとはいえ、その「力」とか出自の特異さとかとのバランスが悪い。要するに、人間的な弱さ以外に竜王翔に感情移入できるところはないのだね。そのぶん、矢吹駆や九鬼、ムラキというような著者の作り出した代表的な人物ほどの魅力が欠けていて、物語のパワーも足りないように思えるのだな。やはり「連合赤軍」「ポル・ポト」の問題が重すぎたのだろう(と部外者の顔をして、部外者の感想を書き連ねる)。

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