odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-1 左翼運動がテロリズムに傾斜していく理由について。「自己観念」の発生と欺瞞・背理。

 新左翼運動から撤退した著者がフランスにいって書き溜めた。それがこの本のもと。出版するところはなかったが、いくつかの奇縁が重なってエンターテイメント作家として小説を発表するようになり、あわせてこの本も雑誌連載ののち加筆訂正されて1984年に出版された。のちに、さらに加筆されて2010年代に再販されたが、ここで読んだのは最近の加筆は入っていないちくま学芸文庫版。主題は、左翼運動がテロリズムに傾斜していく理由について。

序章 観念の廃墟 ・・・ 近代の革命(フランスからカンボジアまで)の革命政権が抑圧体制、テロリズム国家に変貌する理由を検討する。それは理論からの転倒ではなくて、理論に内在する観念の必然である。それを検討することが連合赤軍事件からカンボジア虐殺までの左翼の「退廃」を乗り越える契機となる。この国のテロリズム批判は埴谷雄高「幻視のなかの政治」、高橋和巳内ゲバの論理はこえられるか」) くらいしかなかったが、それだけでは不十分。ここではヘーゲルの体系を間借りして自壊させる戦術をとって記述する。
(書かれた1984年だと、近代国民国家の乗り越えは左翼の革命か右翼のクーデターくらいしか構想されていたなかった。1989年や2010年などを経験すると、国家の政権の変化には政権担当者による改革、反対勢力と協力する転換、体制が崩壊する転覆などがあり、そこでは民主化が実施され、テロリズム国家にならない例が生まれている。なので、問題意識である左翼の必然的な退廃というモチーフは時代からずれている。ただ、21世紀では右翼とか民族主義者、排外主義者が抑圧体制の実現、テロリズムへの傾斜を運動や国家経営に反映するようになっているので、そちらにむけた批判のあり方としては効力があるかも。)

1 自己観念
 第一章 観念の発生 ・・・ 人が世界を認識するときに世界の多様性や単独性をそのまま記述できないので圧縮や統合や連想で簡便に記述しようとする。それが観念(といえる、のかな)。観念は使い勝手の良い指標や基準になるので、観念で世界を評価したり優劣をつけたりして行動や発話に使う。でもその試みは挫折することがあって(観念の未熟さとか新しい事態に対応できないとか偏見まみれであるとか)、そのとき自己は世界を喪失する。そこから自己回復を図ろうとするのだが、うまくいかないと他者や世界を憎悪を世界を自己に奪還しようとする。そこでは現実や世界よりも観念の方が優位になるのだ。観念を生み出した自己の絶対化や純化が図られているから。その試みもまた挫折すら、観念はつねに遠い、手の届かないもの・ことを希求し、世界回復の試みは永続する。(高橋和巳『我が心は石にあらず』、二葉亭四迷浮雲』)
(観念のよいところは、さまざまな意味や価値を数語に圧縮して伝えられところ。受け手は解凍してさまざまな意味や価値を共有するので、伝達速度と精度がます。なので上記の説明も21世紀では「中二病」のひとことで説明ついてしまうのだ。中二病の肥大化した自我とか、妄想じみた世界把握(「××は悪」でもOK)とか、ある興味における潔癖性とか、そのような特徴は中二病罹患者が世界と接点を持てない喪失者であることを示す。なんとも自分を描写しているようで、気分は優れないなあ。)

 第二章 観念の欺瞞 ・・・ 観念は生活や身体を嫌悪するが、一方で観念そのものを嫌悪することはなく、「悪しき信仰」を持つ自己欺瞞を持っている。世界喪失者、余計者であると自己規定した観念のうちにあるものは、自分の自尊心とそれの表裏にある屈辱感を払しょくし、不条理を直視することができないから。(サルトル『悪魔と神』、ドストエフスキー『地下生活者の手記』)
(観念を捨てられないのは、それを持つことだけが自尊心と優越感の根拠になっている脆弱な自己を直視できないからだ。それを捨てるには彼をむしばんでいる観念を外部の視点で相対化・客観視することで批判することではできない。むしろ観念の先にある自尊心を保持するためにかたくなになる。そういう事例は、カルト宗教やニセ科学・ニセ医学の信奉者にもあって、外部から「正義」「科学」「善悪」などで信仰の対象を批判してもらちがあかない。脱洗脳ではたいてい、別のよりおだやかな宗教やニセ科学を信仰させるように誘導する、という。)

 第三章 観念の背理 ・・・ 観念は自分を欺瞞に陥らせるが、同時に「世界」の側を欺瞞であると規定するようになる。理想を実現するには理想を裏切らねばならず、そこに正当化の倒錯した理論が紛れ込む。現実の世界は無関心と敵意でもって観念の世界に抗するのだ。そのとき理想や観念の見直しをしないで、世界や現実の側が間違っているとする。例は19世紀ロシアのテロリスト。彼らはそこからさらに進んで、理想や観念の実現のために自分の死を絶対化しようとする。(カミュ『正義の人々』)
(ここではインテリを「現実的な世界喪失を観念的投企によって自己回復しようと企てる実存的なカテゴリー」であるとする。最初にあるのは自己喪失であって、そこからの回復の可能性を観念的投企(革命とか暗殺とか布教とか修行とか)にみているわけだ。まあ、インテリの身体はたいていの場合投企した行動についていけなくて、そこでも挫折するのだろうけど。だから、コミューンの一瞬の蜂起を夢想する。「陽気で快活な、開放的な雰囲気」で「祭り(フェート)のスタイル」が繰り返し夢みられるのだ。高校生の学園祭最終日の焚火とフォークダンスをなんどもくりかえしたくなるみたいに。あるいは「一瞬が永遠に転化する奇蹟(たぶん「白痴byドストエフスキー」を渇望する。生活が無にされる一瞬。)


 観念の様々な形態を図式化するなかで、参考にするのはたくさんの文学。実体験を書いたものは入手しずらくなっただろうし、バイアスのかかっている可能性があるから、文学を扱うほうがよかったのだろう。それに作家の想像力が、当事者の混乱と集約したり、新たな洞察を加えるだろうしで、みえてくるものがたくさんあるのだろう。
 この読み取りがとても面白くて、ドストエフスキー「地下生活者の手記」、ポーリーヌ・レアージュ「O嬢の物語」などはとてもエキサイティング。後者はもう読むことはないだろうが、前者は再読するだろうから参考にします。

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笠井潔「テロルの現象学」(ちくま学芸文庫)-3