odd_hatchの読書ノート

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笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 時代は1848年、場所はパリ。2月革命がなった都市には、バルザック、プルードン、マルクス、デュパンらがいた。

 1996年初出。時代は1848年、場所はパリ。
 この1848年という年はヨーロッパにとって重要。19世紀前半の政治体制であったウィーン体制が崩壊。まあ、多くの国で君主が追放されたのと、抑圧の権力が新たに生まれたということで。この面は後で詳述。もう一つは、思想面で、この年にマルクス「共産党宣言」ダーウィン種の起源(第1版)」が出版された。あとから振り返ると、この2冊は世の中の現象は固定的でも、あるところに収れんするものでもなく、絶えることなく変化し、その行く末を予測することはできないという考えのもとになった。これに音楽のワーグナーを加えて変化の思想を3人に求める試みがある。ジャック・バーザン「ダーウィンマルクスワーグナー」(法政大学出版局)。あいにく、この本は30歳くらいの博士論文だったらしく、3人の考えをまとめることに主眼を置いて、その先の論はなかった。

 さて、物語は1848年パリ2月革命と推移を共にする。ネットの情報は少ないので、この本を基にしてまとめてみるか。話しはナポレオンの失脚から始まる。フランス革命の輸出は終わり、シャルル11世、ルイ=フィリップへと王政が続く。彼らは貴族と金融資本家の優遇策を取る。当然、イギリスの大量な工業商品を輸入することになる、農業国であるフランスの大多数の農民と少数の市民は不満を持っていた。1839年の蜂起は政治の変換を示すかと思われたが、そうはならない。そして1848年2月22日パリ市民は蜂起し、市内にバリケードを設ける。ギゾー内閣は鎮圧を命じるが、軍の大半が市民を支持。ギゾー内閣は倒壊、王党派は追放され、ルイ=フィリップはイギリスに亡命する。
 革命は成った。とはいえ市民を統合する政治組織はないので、詩人ラマルティーヌを首班とする穏健内閣が成立する。彼らの政策は、普通選挙の実施(有権者が20万人から900万人に拡大)と労働権の確立(国立作業所を設け、登録した失業者に公共インフラ工事を命じた)。ラマルティーヌの内閣には、バルザックユゴー、ジラルダン(新聞社主)など資本家階級とその支援者が参加。一方、当時のフランスでは社会主義アナキズムの運動があり、蜂起の際に市民の支持をある程度集めることができた。プルードン、ブランキなど。ついでにマルクスも2月革命の時期にパリにいた。彼らは穏健内閣の政策には飽き足らないので、組織化を進めようとする。5月に普通選挙が実施されるが、ここで社会主義者が大敗北し、ボナパルト派と軍人が圧勝する。すなわち、パリ以外の農村では蜂起の実情がほとんど知られていないために、選挙権が拡大されて新たな選挙人になった農民の支持を得られなかったのと、ブルジョアや貴族が国立作業所などの失業対策に不満を持って対立したことにある。選挙の結果、2月革命の成果は失われる。その間にインフレと失業が悪化。ブランキ以下の社会主義者の指導者は逮捕・勾留される。そして6月24日から26日までの再度の蜂起。このとき軍は市民を支持せず、虐殺に動いた。その数、数千人。12月の大統領選挙でナポレオンの孫とされるルイ・ナポレオンが当選。のちに皇帝になる。
 そのあとも波乱な政治の変化があるが、小説の記述範囲を超えるので、ここまで。マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」が同時代の記録なので参照されたし。
 以上は政治に焦点を当ててみたが、そのほかに、フランスでも産業革命が起こる。それは、新興企業の設立、公共インフラの建設(上下水道、道路整備など)、メディアの変化(パンフレットから雑誌、さらに新聞に)、商業の変化(小売店が集まったパサージュが人気)、娯楽・衛生観念などの変化としてとらえることができる。20世紀に全世界的に展開される「近代」「西洋化」の基本がこの時代に確立する。

2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2
2013/09/25 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-3
2013/09/26 笠井潔「群集の悪魔」(講談社)-4 (続く)

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