odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

リリアン・ヘルマン「未完の女」(平凡社ライブラリ) 20世紀前半のアメリカでリベラルを貫いた意志の強い女性の自伝。

 リリアン・ヘルマンは1905年生、1984年没のアメリカの劇作家。代表作は「子供の時間(1934年)」。しかし彼女の名前は、ダシール・ハメット(ハードボイルド小説の創始者。「マルタの鷹」「血の収穫」など)との同棲生活と、1950年代のマーッカシー旋風時における1952年非米活動委員会で良心的証言拒否をしたことで知られている。前者の様子はおそらく「ジュリア」に、後者の様子は「未完の女」に続く自伝作品「眠れない時代」に詳しい。

 この自伝には、ヘルマンが「ハメットの伝記を書きたい」というとハメットは「ダシールという友人が時々出てくるリリアンの自伝になるだろう」と答えたというエピソードが載っている。実際に、ここに書かれたことのほとんどは彼女自身に関することで、知的ではあるが、癇が強く、しかも自分のことをしゃべらずにはいられない女性の姿が現れている。かなり長い文章(430ページ)を一気に読み通せるのは、彼女の体験(不況時代のハリウッドの様子、1944年のモスクワ訪問、1966年の同所再訪問)の面白さであると同時に、彼女の強い意志に支えられた強烈な個性による。非米活動委員会の証言拒否後、ハリウッドの仕事を失い、ハメットと共同購入した家を売り、一時期は店頭販売員を務めて生きてきた女性。同様の処遇になったが体を壊して仕事もできなくなったハメットを支援する(ただし、彼らは同居していたわけではなく、互いに行き来するような生活だったようだ。サルトルボーヴォワールの関係に似ているかもしれない)。その強さ。
 リリアン・ヘルマンを考えるときは、どうしても非米活動委員会の証言拒否にかかわらなければならない。ほとんどの証言者が友人を告発しているとき、ヘルマンはまったく共産党に関係ない(ハメットは党員だったため、共通の党関係の友人はいたらしい)にもかかわらず「赤狩り」の脅しに屈しなかった。その後どのような生活になるかを予期していたにもかかわらず。実際、非米活動委員会によって二人はすべての資産を差し押さえられ、印税が入らないようになっていた。そのために、ハメットは農場を売ってアパート暮らしになり、リリアンはときにデパートの売り子になって、収監された彼を支えたりもした。それが改善するのは1961年に新作戯曲が成功して収入が入るようになってから。ハメットは翌年1962年に死去。
 ここで、われわれは傷ついたユダヤ人をサマリヤ人が助けた故事を語り、その行為に隣人愛があるといったイエスの問題提起が、2000年を経てもいまだ痛切でリアリティのある問いであることに気づかされる。
 で次回に続く。


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