odd_hatchの読書ノート

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小田実/開高健「世界カタコト辞典」(文春文庫)

 1965年初出。海外渡航が自由になってから、積極的にいろいろな国を訪問してきたふたり。小田実は「何でも見てやろう」にあるように貧乏旅行で世界一周をして、そのあと平和運動などにかかわるうちに外に出ていくことが多かった。開高健は文学者の集まりが各国の同じ集まりから招待を受けて参加したのがきっかけ。東欧各国や中国など当時なかなか入国できなかった国の紹介を「過去と未来の国々」「声の狩人」に書いている。そのうちに趣味の釣りで世界の釣り場所を行脚するし、ベトナム戦争の従軍記者となって最前線まででかけている。

 ふたりに共通するのは、おもてなしの旅行や大名旅行と縁がないこと。当時の外国通というと大宅壮一とか兼高かおるとか深田祐介あたりかな。彼らに代表されるエコノミック・アニマルとは別の旅をしてきたわけだ。場末の、路地の、安酒場と安レストラン。官僚や企業人と会う機会はまずないが、かわりに貧乏人や学生たちと会い、時には娼婦とホテルにいったりもする。あるいは戦場で兵士や農民と話をしたりとかね。そういう旅行で耳で覚えた言葉を紹介する。トラベル会話帳には乗っていないような単語や文例が頻出する。このあたりが面白い。
 彼らの旅に出た1960年代前半というのは、どうやら西洋では第二次世界大戦、この国では15年戦争という大規模戦を終結させることと、新たな戦争の始まりであったと見える。その結果、二人ともに戦争の記述が多い。久しぶりの再読で印象的だったのは、ハンガリーレジスタンス。ここでは女性が苛烈な戦いでも凛とした姿勢をみせたこと。

「第二次大戦中でも対独抵抗でもっとも強烈、活発だった女性闘志はハンガリア女だった。ナチス強制収容所へ入れられても平気で親衛隊員や突撃隊員の横つらを平手打ちしたり、ツバを吐きかけたりしてガス室へ送り込まれたハンガリア女を何人もみたことがあると、ポーランドで中年の女流作家から聞かされた(P206)」。

ゾーヤ・コミンデンスカヤのような話はいたるところにあったわけか。同じ話は中国やベトナムでもあったとどこかで読んだ記憶があるが、さてどこだっけ? もうひとつはイスラエルでみたアイヒマン裁判の話。裁判所内での暗殺を恐れて、防弾ガラスの箱の中にアイヒマンはすわり、15年前の収容所の出来事を聞かされる。その内容の熾烈で呵責ないことに圧倒される一方で、ほどよく冷房の効いた部屋で睡魔に襲われる開高健。ここらへんを正直に記述する姿勢が潔い。そんな具合に世界大戦の清算が進む一方で、別の戦争が勃発する音が聞こえてくるわけだ。当時の流行のプレスリーとかケネディとか、映画のヌーベルヴァーグとかは一切ないので、ディープな関心がない人にはちんぷんかんぷんなところもあるかもね。
 あと、この時代までは世界の国の格差はそれほどなかったと見える。つまり、ホテルの設備とか食事の内容とか衣料の生地とか、そんなところの生活の差異が格段に大きくなく、アジアであろうと、ヨーロッパであろうと同じようなサービスを受けることができた。別格はアメリカ。それが1980年代までにはなんとも絶望的なほどの差異が国家間で生まれてしまったなあ。その典型が、大学生が卒業旅行で海外に行くようになったことかな。1970年代後半に始まったこの流行は、この本のような海外紹介プラス評論という本を駆逐し、「地球の歩き方」のようなガイドを持たせるようにした。そこには、この本にあるような路上や路地の知恵はない。そのあと1980年ころには国家間の差異であったのが、今度は国民間の差異になってしまったわけだ。この国の中流層がいっせいに没落している。