odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

竹中労「琉球共和国」(ちくま文庫)

 1960年の映画「日本の夜と霧」(大島渚監督)では、戸浦六宏の演じる役がトップ屋であった。とすると、この時代には「トップ屋」という職業ができていたことになる。トップ屋を始めた、というよりそれで生計を立て、かつ人口に膾炙するまでの存在になった最初は誰か、となると、竹中労説と梶山季之説があり、判然としない。この二人に共通するところがあるとすると、日本の辺境に対する視線を持っているところであり、そこから日本を照射する論を立てていることだろう。
 梶山にとって日本を照射する辺境は韓国(というより朝鮮というべきか)であれば、竹中にとってのそれは琉球になる。そこは古代日本の原像が残っているところであるとともに、戦前から戦中にかけて日本に見捨てられ、大きな被害をこうむった場所だ。このような追いやられた土地であり、しかし豊饒なイマジネーションをもっている土地への共感が彼らの活動の源泉になっている。
 この著作には竹中の琉球(たぶん≠沖縄)について書かれた文章のほとんどが収録されている。懐かしくもあり、いらだたしくされ、愛しながらも、裏切られる場所。しかし、そこにいることが自分本来のところであることを確認する場所である。日本という場所になじめない著者にとっては、その場所があり、そこに帰ることが日本の醜さや汚さから逃れることであったのだろう。
 もとの単行本が出版されるころに、「沖縄返還」があり、大島渚「夏の妹」上映があった。竹中は「夏の妹」を弾劾する。これは琉球を映していない、と。2000年ころにDVDで見た自分は、これは「よい」映画ではないと思った(小さいことでいうと、戸浦六宏が有名な民謡歌手であるという設定。直前に嘉手苅林昌を聞いていたので、その下手さに憤懣やるかたなかったのだった)。似たような視点でより厳しく批評している竹中の文章に共感したものだ。
 この過激で愛すべき不良中年は、大酒のみがたたったのか、60代で亡くなる。父、竹中英太郎(戦前の挿絵画家として有名。江戸川乱歩「陰獣」)があとに残されたのは不幸なこと。