odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

Olympia 1936 Berlin(「民族の祭典」「美の祭典」)を見る

薬を飲み忘れたら、やる気がなくなったし、今年はオリンピックがないのを思いだしたので、1936年ベルリン大会のドキュメンタリーを見る。

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見ものは総統閣下のお姿であって、民族の祭典では

0:16:18 選手入場にこたえる
0:19:17 開会宣言 
1:34:10 優勝確実の女子400mリレーを応援
1:34:40 身を乗り出す 
1:35:29 まさかのバトンミスに落胆。

wikiによると神経症を病んでいたらしい
民族の祭典の1:20:09から、体をゆすったり、膝をこすったりする神経質な姿が映されている。
<参考>
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あいにく「美の祭典」には総統閣下は出演しない。
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「民族の祭典」は陸上競技がおも。「美の祭典」は体操、フェンシング、ボクシング、馬術、射撃、クロスカントリー、ホッケーとポロ(サッカーはない。優勝候補で盟友のイタリアが敗戦になったからだろうな)、自転車、水泳、飛び込み。


「美の祭典」の競技の並びはスポーツと軍事の関係を明確にしているなあ。競技の役員にはナチスの軍服を着た士官が動員されているし。


この回のオリンピックでは日本人選手が活躍した。競技数が少ない中、メダルの数は多い(それは参加国が少ないというのもある。ソ連、中国、アフリカ、イスラム圏から東南アジアにかけての諸国は参加していない)。それもあってか、日本人選手の活躍が多く収録されている。メダルをとっていない選手が収録されていたりする(「美の祭典」飛込み)。
この映画は1988年ソウルオリンピックの前に深夜TVで放送された。民族の祭典と美の祭典をごちゃまぜにした編集版だったとおもう。ゲストに金メダル選手か役員が登場し(織田幹雄田島直人だったか)、戦前のこの国のロードショーの話をした。
「日本向けのバージョンがあるかと思ったくらいに選手が登場していた。あれが国際バージョンだと知ってびっくりした(自分の記憶に基づく)」
なるほど1936年には日独防共協定が締結されていて、二つの国の関係が重視されていたのだった。そこを慮ってのことか。
そういう視点で見ると、アメリカ、イギリス、フランスなどの敵対国の選手の活躍はほとんど描かれない。例外は男子100mのジェシー・オーエンスくらい。棒高跳びでも優勝したアメリカ人選手より、2位3位を分け合った日本人選手(西田修平と大江季雄)に注目しているし、1万mでも1,2,3フィニッシュのフィンランド選手より4位の村社講平選手を長く映す。
残念なのは、水泳の活躍がほぼカット。とりわけ、ドイツのゲネンゲル選手に競り勝って金メダルになった前畑秀子が映っていないこと。


選手以外に、ドイツ在留邦人や遠征中の軍士官などの日本人応援団も多数登場。
民族の祭典の
0:56:45 大和撫子
0:57:34 日の丸おじさん


もちろん最大の注目はドイツ人選手。彼らの活躍は、さまざまな角度でとらえられ、肉体の美と優秀さが強調される。ときには、誇張もあって、馬術競技では他の選手が失敗する映像を繰り返したあとに、ドイツ人選手が悠々とクリアしていく様子が描かれる。ここに「優秀なドイツ人」のイメージ強化の意図を読むのは容易だろう。


ただ、それがあまりに美しい映像で収録されているので、観衆は意図を考える前に圧倒される。飛び込み台の後ろに置いたカメラから晴天の空と雲の前で、ポーズを決める選手の美しいこと。
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レニ・リーヘンシュタールの映像と編集の力量については自分が言を追加する必要はないな。これほど「美しい」スポーツの映像はほかにないのじゃない。現在のスポーツ中継の映像は、この映画のコピーみたいなものだ。


圧巻は民族の祭典の冒頭部分。ギリシャ神殿や彫刻を移動撮影し、自然とドイツ人選手の裸体に移行(バルト海でロケをしたとのこと)。聖火の採火からリレーに。そしてドイツに到着。ギリシャの理想を具現化したドイツ民族という神話作りがナレーションなしで理解できる。


ギリシャの理想を具現化したドイツのイメージは、美の祭典だと、冒頭の民衆のスポーツ運動やヌーディスト運動のフィルムで強化される。そこに登場するのは金髪碧眼の若い男性たち。彼らの共同生活が「ドイツ」の理想を体現している。デブ、メガネ、ハゲはいない。もちろん肌の色が白でないものもいない。


ナレーションはドイツ語なのでなにをいっているのかよくわからないが、しきりと「ドイッチェランド」「イタリアン」「ヤーパン」などと連呼。競技が渦中に入ると上ずっていき、マシンガンのような早口になっていく。心底は冷静なのに、聴衆を熱狂に巻き込む喋りはみごと。


ドイツ後期ロマン派風の音楽も相まって、どんどん高揚していく。演奏はベルリンフィルかなあ。重心の低い重厚な音。行進、舞曲、高揚、祝賀、歓喜、厳粛、鼓舞、などなど、観衆のエモーショナルを自在に操る。


高揚や熱狂は会場の観衆もそう。自国の選手が登場すると、声援と手拍子で盛り上がっていく。応援スタイルは国ごとにユニークで、とりわけ日本人の応援スタイルは80年たっても変化していないなと微苦笑。応援する人々は、今より節度を持っているから気持ちよくフィルムをみることができる。


音楽と映像の力があるので、論理や合理のあいまいさに気付けない。もちろんスポーツや町村対抗運動会にはナショナリズムやえこひいきの感情が持ち込まれ、日常生活のうっぷんやうさを晴らす絶好に機会になる。そこに監督(リーヘンシュタール?ヒトラー?)は付けこみ、ナショナリムズやえこひいきの感情を強化する。


たいていそのような感情はスタジアムから外に出て、日常生活に戻るにつれて冷めてくるものだ。


でも、スタジアムの外にはひどいレイシズムがあったわけで、観客の熱狂や高揚が市内でひどい暴力になっていた。スタジアムのナショナリズムやえこひいきの感情は、日常生活まで連続していて、観客の意識は切断されていたわけではないだろうな、と暗い気持ちにもなる。



<追記2020/12/10>
 12/9のNoHateTVで安田浩一さんが興味深い話をしていた。
 1968年、メキシコオリンピックで200m短距離走の表彰式。

2人のアフリカ系アメリカ人選手は黒人の貧困を象徴するため、シューズを履かず黒いソックスを履いてメダルを受け取った。さらにスミスは黒人のプライドを象徴する黒いスカーフを首にまとい、カーロスはクー・クラックス・クランなどの白人至上主義団体によるリンチを受けた人々を祈念するためロザリオを身につけていた。一方でノーマンも他の2人に同調、3人で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(英語版)(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)」のバッジを着用した。カーロスは当初身につける予定だった自分の黒グローブを忘れたが、ノーマンがスミスのグローブを2人で分かち合うよう提案し、スミスが右の手袋を、カーロスが左の手袋をつけることになった。そしてアメリカ国歌が演奏され、星条旗掲揚されている間中、スミスとカーロスは、目線を下に外し、頭を垂れ、高々と握り拳を突き上げた。会場の観客からはブーイングが巻き起こり、この時の様子は世界中のニュースで取り上げられた。

ja.wikipedia.org
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 トミー・スミスとジョン・カーロスは、当時の国際オリンピック委員会IOC)会長ブランデージによって選手村から即刻追放されてしまった。2020年になってやっと世界陸連から名誉回復された。

 メキシコ五輪陸上男子200mの表彰台で「ブラックパワー・サリュート」を行ったトミー・スミスとジョン・カーロスは、1936年ベルリン五輪ラソンで日本代表として金メダルを獲得した日本植民地時代の朝鮮新義州出身選手・孫基禎の表彰台での姿勢にインスパイアされた。レニー・リーフェンシュタールが監督した映画「Olympia 1936 Berlin(「民族の祭典」「美の祭典」)」を見たのである。その映画で、孫基禎は月桂樹を胸に抱えてユニフォームの国旗を隠し、目を伏せて国旗掲揚を見なかった。
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