odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

カーター・ディクスン「青ひげの花嫁」(ハヤカワ文庫)

 青ひげ公は、中世の王様で何人も花嫁をもらってはその都度殺して城のさまざまなところに埋めて隠していたとの伝説上の人物。ジル・ド・レーがモデルになっているとか。ベラ・バラージュ脚本ベラ・バルトーク作曲で「青ひげ公の城」がある。

 さて、イギリスの1930年代連続殺人事件が起きた。人口に膾炙する有名な事件だったが、未解決のまま。戦争のおかげで忘れられていたが、ある演劇プロデューサーのもとにこの連続事件をもとにした芝居のスクリプトが送られてきた。なんと、犯人と警察しか知らない事実が書かれている。そこでこのプロデューサー(女性)はある俳優を主演に上演することを思い立つ。殺人犯の気持ちになり切るには、スクリプトをネタにしてどこかのリゾート地でだれか女の子を引っ掛けて、実地でやってみたらとそそのかす。いいアイデアと弁護士も乗り気になったので、主演を予定していたブルース・ランサムに持ち替えた。
 さっそく観光地にいったブルースは予定通り、女の子を引っ掛けていいなかになったものの、なぜかブルースが連続殺人犯であると思われる。なるほど、事件当時20代前半で11年経過したとなると、ブルースの年齢41歳は疑わしいし、なにより連続殺人犯によく似た名をつけたのがまずかった。とりわけ、ひっかけた女の子の父ジョナサン・ハーバートが治安判事であるせいか、ことのほかブルースに厳しくあたる。
 過去の殺人犯の手口はこうだ。まず女の子をナンパし、同棲する。キャッシュほかの資産を共同口座に移し終えたら、部屋をでる。そのときには女の子は行方不明。しかし死体が見つからないので、どうにもならない。最後の殺人はたまたまあるタイピストの女性に見られてしまった。警官が網を張っていたにもかかわらず、殺人犯は姿を消した。
 まあ、こんな具合の恐怖小説の枠組みを借りている。殺人犯と結婚したかもしれない妻の恐怖がたいていの書き方だが、ここでは横から眺めている(弁護士デニスとプロデューサー・ベリルがヘンリー・メルヴェール卿につきそう役割。あいにくここには恋愛は起こらない)。まあ、少し古風な書き方だな。連続殺人犯はジャック・ザ・リパーの伝統を持っていて、ロンドンの町の恐怖を描けそうなものを幽霊ホテルの恐怖譚にしてしまう。そこがカーらしさか。ほぼ同じ時期に書かれたクイーン「九尾の猫」ではまさに都会の恐怖を描いたのだが。
 さて、さまざまな人の恐怖の対象になったブルースのもとに、最後の殺人を目撃した証人の死体が届けられる。なぜか、ブルースは死体処理を買って出て警察の目をごまかし、しかも引っ掛けた女の子と駆け落ちしてしまう。これでは自分が殺人犯であることを自供しているようなものではないか。デニスとベリルが戦々恐々としているなか、H・Mは最後の大詰めだ、一緒に来ないかとさそう。おりしも、嵐の夜中。出かける先は元陸軍の訓練学校。今は廃墟を貸し、過去イギリスの初年兵が厳しいしごきをうけたところだ。雨でびしょびしょの中、殺人犯がやってきて、ヒーローと対峙する。ここはじっくりと時間をかけた描写で読み応え充分。意外な殺人犯(過去と現在)の正体もよいし、悪人らしさも充分。
 H・Mのどたばたの趣向はゴルフ。レッスンプロのゴルファーを同伴して、ロンドンの街中のゲームセンターでドタバタを起こすわ(パンチングボールの紐を切るくらいのパンチ力!)、ゴルフ場でトンチンカンなスイングをするわ、と活躍しています。事件の伏線につかったとはいえ、必要であったかというとそうでもない。ここで足りないのはどたばたよりも、ロマンスと冒険か。デニスとベリルが傍観者で、ブルースのわけわからない行動にあっけにとられているばかりなのでね。1946年初出。戦争とそのあとの物資不足の話はまるでなし。