odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

スタン・ハンセン「魂のラリアット」(ベースボール・マガジン社)

 いうまでもなく、1980−90年代でこの国を主戦場にしたプロレスラーで最も知られ、最も成功した人。名前を書いた途端に、vsアントニオ猪木、vsアンドレ・ザ・ジャイアント、vsジャイアント馬場、vsジャンボ鶴田、vs天龍源一郎、vsハルク・ホーガン、vs四天王(三沢光春、川田利明、小橋健太、田上明)などのシングル戦に、ブロディやデビアス、ゴディ、馬場らと組んだタッグ戦などを思いだし、ときには試合後の乱闘でセコンドの若手レスラーにラリアットを決めるシーンを思い出すことができる。あの20年間のこの国のプロレス史において、重要な試合にたくさんかかわってきたのだな。
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 とりわけ、1981年12月の全日本プロレス初登場はとてつもないインパクトで、われわれプロレス者に忘れがたい思い出になっている(その試合後、控室のジャイアント馬場のコメントも含めて)。
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 その「不沈艦」と呼ばれた名選手も年波のため引退し、自分の半生を振り返る。2000年にでたこの本はたぶん著者の最初の本ではなかったかな。そのあと、続編ほかの本はなかったはず(検索したら、若いころに何冊かあった)。

 彼のキャリアの大部分は全日本プロレスであるが、その17年間の仕事はほとんど書かれていない。自分にはテレビの記憶とヴィデオの録画で思い出すことができるので、全日本プロレス時代の記録がなくても、これで十分。
 自分らのようなテレビ観戦と雑誌購読が主で、ときどき生観戦に行くのがせいぜいのファンにとってはいくつか重要なことがこの本に書かれている。たとえば、上記のように新日本プロレスのスターであったのが、突然全日本プロレスに移籍(ジャンプ)したのである。それは「突然」「青天の霹靂」のようなできごとであったが、じつのところはその半年前にテリー・ファンクがハンセンに連絡を入れ、ジャイアント馬場と契約を結んでいた。蔵前国技館に「乱入」する前日夜に、対戦相手を含めた綿密な打ち合わせがあった。だから試合に介入してもセコンドを含めて誰も静止しないし、試合が終わってから日本人選手が抑えに入ったし。そんな事情をしらず、テレビ画面とはいえリアルタイムで見て興奮できたのは、自分には幸運だった。
 それよりもこの本の主題は、テキサス州の田舎町の大男が自分の肉体を頼りに町を飛び出て、世界的な成功を収めるというアメリカのサクセスストーリーにある。アメリカの田舎町では、そのまま町にとどまると低い年収の仕事しかない。地元にいては大学を卒業しても教師での週給500ドルでの所得では、食うのがやっと。高収入を得るには町を捨て都会に出るしかないが、成功の可能性は極めて低い。ハンセンにしても、NFLにチャレンジしたものの二軍がせいぜい。テリー・ファンクにプロレスにスカウトされたものの、1970年当時のアメリカマーケットで成功するのは極めて少数。
 そのような厳しい現実を前にして、ハンセンは自己の成功のプロセスをしっかりを見定め、マイルストーンを設定する。すなわち、週給1000ドルのギャラになること、自分でビジネスの場所を選べるようになること、大プロモーターの主宰するビッグ・イベントのメインイベンターになること。そして家族や老後のために十分な資産を手に入れること。最初の3つのミッションは5−6年後に達成する。その頂点がニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンでのブルーノ・サンマルチノ戦。しかしここで重大なミスをしてしまう。テリトリーから追われそうになると、日本の団体のオファーを選択する。この国ではいっしょに巡業するタイガー・ジェット・シンアブドーラ・ザ・ブッチャー、オックス・ベイカー他の試合をみて自分のスタイルをつくっていく。それは自分という商品を売り込むためのキャラクターつくりにプロモート戦略を実行すること。この国の選手は会社の社員であるが、アメリカだと自営業者が個別にプロモーターと契約する仕組みになっている。なので、ギャラは交渉次第。交渉では自己主張して、ギャラをあげていく。いくらのギャラをもらったか、グロス(税込)かネット(税抜)かにこだわるというのも遠慮なく書き、自分の成功の証として誇りとともに記載する。このあたりの機敏がきわめてアメリカのビジネスマンらしい。団体の利益のために全力を投入するが、団体への帰属意識は薄く、自分にふさわしいと思われる報酬を遠慮なく要求するというあたり。
 とはいえ、スタン・ハンセンはビジネスライク一辺倒ではなく、プロモーターである馬場には個人的な信頼を寄せ、信義を優先したというのもこの国のファンから愛される一面になる。
 ただ、彼のような<ガイジン>であると、この国のプロレス団体の経営まで深くみているわけではなく(あるいは自分には関係ないことと無関心を装ったのかもしれない)、それぞれの団体の経営が思わしくないときや所属する日本人レスラーの所得が低く抑えられていたというところまではわからない(彼によるとレスラーは自分のギャラを他のレスラーに公言しないのがルールになっていたという)。なので、天龍や三沢が馬場のもとを離れていった理由まで類推できない。そこは自分には物足りないが、彼からすると個人事業主が他の事業主の事情まで容喙するべきではないというのだろう。そこまで含めて、アメリカ的な、あまりにアメリカ的な読物だった。